「バンティングが気になった」屋根裏のラジャー SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
バンティングが気になった
正直いってこの作品は面白くなさそうな気がしたのだけど、スタジオポノックは設立された経緯が経緯なので、応援したい気持ちが強くて、観ることにした。
結論からいうと、非常に良かった。「メアリと魔女の花」は、悪くいえばAIにつくらせたジブリ風の映画みたいな、「ジブリぽさ」しか印象に残らないような作品だったけど、本作はストーリーも絵も独自のものが立てられ、洗練されていて、ジブリという親から独り立ちしはじめた若鳥のような初々しい勇敢さが感じられた。
絵が絵本チックなので、原作の絵に似せたのかと思ったけど、原作にはあまり似てない。万人受けするそれなりに魅力的な絵柄だとは思うけど、可もなく不可もなく、という感じ。陰影のつけ方が安いCGぽいところが気になった。もっと個性的なキャラがたくさんいると良かった。ミスター・バンティングのキャラデザは好き。
ミヒャエル・エンデの名作、「果てしない物語」と「モモ」思わせる、テーマ、世界観、ストーリーが僕の好みに非常にはまって良かった。子供は現実の世界と空想の世界を行き来することで成長していくことが象徴的に描かれている。
イマジナリー・フレンドが父親の死によって生まれた、という経緯は感動するし、深い。「空想」というものは、耐えられない現実の欠乏を埋めるためのもの。だからすばらしいし、だから悲しい。忘れられてしまったイマジナリーの生き延びる場所が図書館というのも深い。イマジナリーたちは「本」の中の架空のキャラに昇華されているということを表しているのだろう。
全体に非常に良かったが、終盤は少し物足りなかった。バンティングとの戦いは、アマンダとバンティングとの空想力の戦い、というところを軸に、もっと長尺で描いた方が良かったんではないかと思う。
バンティングとの戦いがすっきりしないのは、バンティングがどんな存在なのか、深く煮詰められていないからだと思う。たとえば「モモ」の「時間どろぼう」なら、彼らが現実において象徴しているものが何なのか深く考察できるようになっている。
バンティングは「大人になってもイマジナリーと別れたくない」と願いすぎた、ある意味純粋すぎる人間だったのかもしれない。
大人になると、誰しも「現実と空想」を区別できるように心が成長する。それは現実に適応して生活するために必要なことなのだが、その代償としてイマジナリーを失ってしまう。バンティングは何か「悪しき手段」によって、そのルールの外にいる存在なのだろう。
アマンダの「正しい空想」とバンティングの「悪しき空想」の戦いというものを、映像で表現できたらとても面白く見ごたえがあっただろうと思う。
バンティングのイマジナリーが自らバンティングに食われるという行動をとったのは良かった。もう少し、バンティングと彼のイマジナリーの背景を知りたかった。彼がどのように誕生し、彼のイマジナリーが何を想っていたのか。
この作品の感想というところから少し離れるけど、この作品を観て、何となく「宮崎駿」作品の魅力の正体というものが分かったような気がした。宮崎駿作品が言葉に表せない魅力を持っていたり、不可解なものが描かれたりしているのは、宮崎駿が大人になっても子供のようなあふれるような空想力を維持しているからではないか。
この「屋根裏のラジャー」を含め、子供向けの物語というのは、普通は大人が「子供のために作った物語」なのだが、宮崎駿は自分自身の中の内なる子供のために作品を作っているんではないか。そんなことを考えた。
原作を読んでから観ました。バンティングのイマジナリである少女は、原作では自らバンティングに食べられるのではないので、そこの改変が映画をぐっとよくしていると感じましたよ。原作を読んでいない方はアニメの作り手さんたちが、頑張って掘り下げた部分がわかりにくいかも知れないですね。