「届け、突き刺され。苦闘の果てに掴む“ハケンアニメ”!」ハケンアニメ! 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
届け、突き刺され。苦闘の果てに掴む“ハケンアニメ”!
市場規模は約2・5兆円。国内のみならず海外でも絶大な人気を誇り、今や日本を代表するカルチャー、アニメ。
現在“アニメ戦国時代”と言われるほど1クールだけでも多くのアニメがしのぎを削るが、その中で勝ち抜くのは僅かに限る。年間だったら尚更。『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『SPY×FAMILY』(←第2クール始まったね♪︎)…。
だが、作り手の情熱に変わりはない。
彼らが目指すは、最も成功したアニメに贈られる称号、“覇権(ハケン)”。
ライバル作、現場内、己との闘いの果てに、勝ち取れ!
漫画業界を舞台に新人漫画家コンビと天才漫画家のバトルを描いた『バクマン。』があったが、本作はまさに“アニメ版”。
公務員から転身した新人女性監督、斎藤瞳。若く見た目も可愛く、モデルは山田尚子監督辺りかな…?
転身を決めた理由は、ある一本のアニメとの出会い。
そのアニメの監督は、“天才”と呼ばれる王子千晴。革命的なアニメを作り、一切の妥協ナシ。唯一無二の才を持つ監督は各々いるが、ここは敢えて庵野秀明とでもしておこう。
奇しくも同クール同時間帯で対決。瞳にとっては念願の監督デビュー作。王子にとっては8年ぶりの監督作。
構図としては瞳が主軸で、新人が憧れの天才と同じ土俵に立つ。
それは光栄な事であり、苦闘。
天才も然り。天才故の苦悩。
瞳のプレッシャーは計り知れない。
他業界からの転身。新人、女性…その肩書きだけで終わらせない。
遂に念願の監督デビュー。並々ならぬ意気込み。
が、もしコケたら…? 次作は無いかもしれない。
全身全霊を注ぐ。
ところが、なかなかスタッフや声優に伝わらない。
そんなんで視聴者に伝わるのか…?
注目の初回視聴率は同率も、第2話以降は差が開き始める。
これが天才との実力や才能の違い…?
視聴者からも手厳しい意見。人気や注目を集める為、タイアップやメディア露出など、本来のフィールドから離れた事も。
暗雲立ち込める…。
一方の王子。
その名の通りのルックスで、天才。人気も注目も瞳とは月とすっぽんで、作る前から“傑作”。
いざ始まると、期待通り。会社も世間も満足。ブランクあったとは言え、天才王子健在!
…そう、何もかも期待通りで想定内。
本人はそれに満足も納得もしていない。
それをぶち破る。安易なハッピーエンドなど作らない。
物語をどう終わらせるか。以前果たせなかったアイデアを再考。
主人公たちを死なせる。
だが、それはタブー。何故なら、放送枠は子供も見る夕方枠。そこで主人公たちの死というバッドエンドなど絶対NG。会社や視聴者はお決まりの感動ハッピーエンドを求めている。
最終回の方針が決まらぬまま。天才の発想は世間の常識に理解されないのか…?
それぞれの闘い、悩み。
二人の関係性がよくある意識し合って刺激し合って…ではなく、多少顔は合わせるがそれほど直接的に関わらず、あくまで両極端のライバル設定なのがいい。
確かに制作中に他の作品や監督に気を取られていたらプロじゃない。
自分の作品に全集中。
ライバル作と闘いつつ、関わるスタッフ/声優や己との闘いがメイン。
二人の若き監督を主役に据え、製作に関わる周りやプロセスも挿入。
デート中でも仕事を依頼される“神作画”アニメーター。
過密スケジュール、突然の展開変更…無理難題に追われる作画スタジオ。
編集のぼやき、色彩設定のこだわり、構成ライターとの相違…。
世間一般の人気と視聴率だけの上役、要望を聞き入れてくれない製作進行の陰口…。
舞台地の市役所職員はアニメに疎くてPR活動。
声がイメージと違う。客寄せのようなアイドル声優。ダメ出し、ダメ出し、ダメ出し…確執深まる。
強いて言えばアニメに欠かせない音楽や主題歌の描写が無かったのは残念だが、アニメ製作に関わる皆の群像劇だ。
中でもそれぞれのチーフプロデューサーはもう一人の主役。
瞳側の行城。ビジネス優先。作品を商品として売り出すなら、監督の意向に反するタイアップやメディア露出も厭わない。
敏腕だが、辛辣家。瞳ともしょっちゅう対立。
だが、的を射た発言も多い。100の方法で一つでも視聴者に届けば成功。
確かにそうだ。大勢が関わる作品を失敗させられない。その為には自分が悪者になってでも成功させる。それがプロデューサーの仕事。
行城にも彼なりの信念がある。ある時瞳もそれを知って…。
対立/衝突からの確執を乗り越えての関係性。
代打ではなく、4番。新人監督にとって、これほど嬉しい言葉はない。
王子側の有科。
いきなりの失踪など、王子の言動に振り回される。
明らかに王子は一匹狼。周りのスタッフも近寄り難い。
その間に入り、円滑に進めるのが、自分。
それもこれも、信じているから。
その為に王子の要望(主人公の死)を上役に頭を下げて直談判。スタジオに頭を下げてまで王子の無理難題を聞き入れて貰う。
それぞれの監督とプロデューサーの対比とドラマは必見だ。
本作は信頼のドラマだ。
最終話を巡って覚悟を決めた王子と有科。
製作当初はスタッフ/声優と溝が深かった瞳。徐々に何を作りたいか、発言力も強くなっていく。
瞳も突然の最終話展開変更。スタッフらは一丸となって監督の要望に応える。
監督がブレなければ製作チームもブレない。監督はわがままなほど自分の信念を貫いていいのだ。
譲歩も必要。ダメ出しばかりしていた主役声優。彼女の本作への思いを知る。自分の意見ばかり押し通したあまり視野が狭くなり、相手を受け入れようとしていなかった。
己がブレず、相手を受け入れれば、自ずと信頼は生まれてくる。
第1話ラッシュでスタッフたちの最後尾でおどおどしていた瞳。最終話ラッシュではスタッフたちの先頭に立って歩く。
紛れもない“斎藤組”。
全ての人へ贈るお仕事奮闘と成長のドラマでもある。
キャストたちも適役。
吉岡里帆を女優としてしかと認識したのは『見えない目撃者』だが、本作でさらにステップアップ!
序盤の新人監督の頼りなさ。多くの苦境を乗り越え、若き才の誕生。
それらを喜怒哀楽たっぷりに体現。
孤高、天才でありながらもナイーブ。中村倫也も常人離れの佇まいがハマってる。
小野花梨、前野朋哉、古館寛治、徳井優、六角精児らが好サポート。
尾野真千子は言わずもがな。だけどやはり個人的にVIPを挙げたいのは、柄本佑。
巧い。ハマり過ぎ。出る度に場をさらう。
序盤の憎まれ役から一転、このキレ者プロデューサーになら全信頼任せられると思いたくなるほど。
親父も名優なら、息子も同世代屈指の名優だ。(最近、『真夜中乙女戦争』でも同じ事書いたような…)
個人的に今年の邦画の助演男優は強者揃い。現時点で印象に残ったのは…、『前科者』の森田剛、『シン・ウルトラマン』の山本耕史、『流浪の月』の横浜流星。そこに、本作の柄本。
この中で“覇権”を勝ち取るのは…?
元々アニメが好きで、ドラえもん映画の脚本にも携わった事のある辻村深雪の小説を、自身も企画から関わって7年の歳月をかけて映画化。
吉野耕平監督の作品を見るのはこれが初めてだが、見事な手腕。
題材、演出、構成、展開も素晴らしいが、一際クオリティーを高めているのが、劇中劇のアニメ。
斎藤瞳監督作は、『サウンドバック 奏の石』。少年少女たちが“奏”と呼ばれる石に音を吹き込む事で変形するロボットに乗って戦うロボット・アニメ。戦いに身を投じていく子供たちは『ガンダム』や『エヴァ』のようであり、王道的な展開から伏線張り荘厳なスケールへと展開していく。
王子千晴監督作は、『運命戦線リデルライト』。自らの魂の力で操作するバイクレースで戦う魔法少女アニメ。ポップな雰囲気からダーク展開になっていく『魔法少女まどか☆マギカ』的な…?
単なる設定に留まらせず、実際にOA出来る1クールのアニメシリーズを2本製作。故に映画化にも時間がかかったとか。
しかも、一流のスタッフ/声優を器用。本当に声優は、人気ビッグネーム!
登場人物たちの台詞の中にも人気アニメの名台詞オマージュ。ニヤリとさせられる。
今現在アニメは、配信などで気軽に見られ、BD売り上げやSNS人気で支えられている。
本作では人気や対決の構図を、視聴率争いで。昭和のTV局かよ!…とつい思うが、ここは敢えて数字で表される分かり易さ。
放送直後の反応や視聴率争いの行く末をSNSでバズる現代的描写も勿論。
でも、放送を日本中リアルタイムでTVやスマホで見たり、そこら辺の過剰描写がちと違和感…。
それが引っ掛かっても、上々!
かつてアニメはオタクのものであり、製作側もよほどでないとスポットライトが当たる事など無かった。
日本のアニメ製作現場は過酷。長時間拘束で、賃金も安い。
その昔アニメや漫画オタクが少女殺人事件を起こし、偏見や白い目で見られる。
今は世界へ誇れるカルチャーとなったが、日本のアニメ文化も苦難の連続。
それでも我々はアニメに魅せられる。それは何故…?
かつての自分に魔法をかけてくれるような、人生を変えてくれるようなアニメを作りたい。今の子供たちへ。かつての自分がそうであったように。
その為に魂を削ってでも。自分が天才ではなく凡人なら、プライベートや睡眠の時間を削ってでも。
だから作り手はこだわる。革命を起こす。
日本アニメの礎『鉄腕アトム』。長きに渡って愛され続ける『サザエさん』『ドラえもん』『ドラゴンボール』…。ジャンルの金字塔とでも言うべき『機動戦士ガンダム』。常識をぶち破った『新世紀エヴァンゲリオン』『魔法少女まどか☆マギカ』…。社会現象となった『鬼滅の刃』。そして、唯一無二のジブリ作品…。
子供も見るアニメで描かれる死。『フランダースの犬』や映画クレヨンしんちゃん『アッパレ!戦国大合戦』。それらはただ悲しいだけじゃない。私たちの心にどれほど響いたか。
誰かの心に届け。
突き刺され。
作り手の真摯な思いは必ず届く。
例えそれが今すぐでなくとも、10年後でも。
日本の数々の名作アニメがそれを物語る。
そしてそれは、本作自体が実証した。
残念ながら公開時は強力ライバル作に押され、週末興行ランキングTOP10入りを逃す不発。
が、見た人は熱く、強く支持。この声は本年度の邦画のBEST級の一つと言ってもいいほど。
どんなに批判受けても致し方ない。私も劇場ではスルーし、レンタルでやっと鑑賞。
この胸に届き、刺さった。