「誰が彼女にエクレアを渡すのか。」ハケンアニメ! ワンワンさんの映画レビュー(感想・評価)
誰が彼女にエクレアを渡すのか。
前半は感情移入し辛く乗れなかったが、トータルとしては丁寧な作りで良かったです。否定的な部分もありますが、とりわけ本作の後半の展開の腕力は凄まじく、生理的に感動させられてしまいました。
この話は「内向的な新人監督がチームの輪に入り、仲間と協力して自己実現を果たす」という話の、極めて真っ当なお仕事映画であり、その骨子を「エクレア」という小道具から考える。
主人公の吉岡里帆は新人監督。敏腕プロデューサーからは沢山の仕事を押し付けられ、スタッフからはクオリティよりもスケジュールを優先した(というように見える)提案を受けては捌いて、という忙しい日々を送っている。彼女が監督する作品は裏番組で天才監督、中村倫也が手掛ける作品と今期の覇権をかけて対決することになる…
序盤、吉岡里帆はスタッフたちからさまざまな提案を受けるが、すべて「絵コンテ通りで」という回答で跳ね除ける。製作チームとの連帯はなく、チーム全員が試写に向かう廊下でも1人で後ろから歩いていく。この序盤で彼女がチームから孤立している、アニメ製作において壁にぶつかっていることが窺える。
壁にぶつかるというのは具体的な画としても示される。帰り道電車から降りると足早にケーキ屋へ向かうシークエンスがある。彼女の好きなエクレアを買うためであるのだが、ここでは閉店時間に間に合わず、ガラスの自動ドアにぶつかることになる。
周りに振り回され、アニメ製作において壁に当たった彼女の求めるもの=エクレアは、本作では覇権や彼女の自己実現などのメタファーとも取れる。
その後も彼女はエクレアにありつくことは出来ない。打ち合わせや収録で事あるごとにケータリングのエクレアに手を伸ばすが、敢えなくプロデューサーの柄本佑に先を越されてしまう。
周囲から孤立して、フラストレーションが溜まった吉岡里帆は突然現れたライバルの中村倫也からの助言に従い、演技力の無さから厳しく当たっていた主演声優と和解する。この和解のシークエンスの頭で彼女はガラスの扉をこじ開ける。これはケーキ屋のガラスの自動ドアにぶつかったシーンの対比であり、吉岡里帆はアニメ製作の現場でぶつかった壁に対して、チームの仲間に心を開くことで乗り越えたことを意味する。
彼女はその後多忙なスケジュールから体調を崩して倒れてしまう。
救護室で目を覚ました彼女に対して、プロデューサーの柄本佑が声をかける。彼の手にはエクレアがあり、それを彼女に渡す。そして今まで山のような仕事を振っていた理由を語る。
吉岡里帆は他社から誘われており、前途有望な彼女が退社する前にアニメ作家としてなるべく多くの経験をさせてあげたかった、というのである。(最初から伝えとけとも思う)
上の世代のメンターから、新しい世代へと知識や経験を継承することをエクレアを渡すというアクションでも表現されている。今まで彼女からエクレアを取り上げ続けてきた柄本佑がついに渡したエクレアは、彼女の成長物語はここで完成していることを表しており、その後の展開では覚醒した彼女がチームの仲間と協力してアニメ製作を行うことで自己実現を達成する。
上記の物語において小道具としてのエクレアが演出上重要に扱われている。この丁寧な作劇が後半のアゲ展開を形作っており、そこに感動しました。
以下、個人的な不満。
前半は各キャラクターに感情移入することが難しかった。これは映画の状況説明の為の仰々しい描かれ方が自分に合わなかった(対立構造を明確に打ち出す為のトークイベントのシークエンスとか…)こと、キャラクターみんながアンガーマネジメントしない系の作劇が古くみえたこと、現実の労働問題という視点をオミットして一般化されたお仕事映画として描かれていることが腑に落ちなかったからだと思う。
とりわけこの現実の制作現場での労働問題、ないしは搾取構造を無視して、いわゆる現代のアニメの現場を主題とした映画を作るのは不誠実だと思う。エンタメ映画なのだからこのテーマをがっつり取り扱えとまでは言わないが、深夜までの残業や無理なスケジュールを気合と根性で乗り切ることに対して美化するだけではなく、批判的な視点を入れることは出来たと思う。
2015年刊行の原作で映画制作にも時間がかかるので仕方ないけど、今見ると業界の描かれ方はちょっと前かも…と感じる。テレビの視聴率で対決して、円盤の売り上げを競い、配信サービスもほぼ出てこないのは、それだけ業界も変わったとも言えるけど、ちょっと古い気もする。
(特に女性への)結婚観が古い。最後のタクシーのシークエンスはキモくて、なんか可笑しみがあった。「俺が結婚してあげてもいいけど。」
作品前半で吉岡里帆がチームから孤立してアニメ作っているような描写として「絵コンテ通りでお願いします」というセリフがあるけど、後半で対比としてチームのメンバーの意見を作品に取り入れるシーンがあっても良かったと思う。主演声優に「最後のセリフはお任せします」というシーンがあり、素晴らしかったけど、脚本家や編集、制作進行の意見も聞いてあげて…