「精神世界と現実世界の調和がテーマ、しかし説明不足」ONE PIECE FILM RED みみこさんの映画レビュー(感想・評価)
精神世界と現実世界の調和がテーマ、しかし説明不足
幸せは、内からか、それとも外からか。すなわち、心の中にある精神世界から来るものなのか、それとも身体が物質的に存在する現実世界から来るものなのか。この疑問は古来より幸福論のテーマとなる。『ONE PIECE FILM RED』では、幸福は内外の調和から由来すると言いたいようだが、いささか甘い。
ウタは、内から来るものだと考えた。彼女は、物を奪い合うような海賊行為を否定し、労働も軽蔑した。対して音楽や空想といった精神世界こそが、完璧な世界であると主張した。自分の好みをすべて肯定する嗜好の世界観である。そうすれば人々は現実のあらゆる苦痛から解放され、自分は人々の「救世主」になる。自身が作り上げた「ウタワールド」という世界に、「新時代」を託そうとしたのだ。民衆はウタに賛同し、興奮した。
しかし、ウタの世界観には決定的な欠損があった。民衆はその矛盾に気付いてしまった。精神世界とは、自分が好きなことばかり肯定するという嗜好の部分ばかりではないのだ。たとえば欠落しているものとして、向上心(現実世界で積み上げる成長)、帰属意識(家族や仲間などの現実世界での繋がり)、安定性(ウタは薬物「ネズキノコ」を摂取せずにはいられなかった)は現実世界から切り離しては成り立たない。ウタは矛盾を指摘され、民衆をぬいぐるみなどの物に変えてしまう。
一方、海軍、海賊、天竜人らは、幸せは外から来るものだと考えた。彼らは、武力、金、権力を行使して富や地位を得た。物質世界の肯定である。しかし、彼らにも矛盾が生じた。海軍が「正義は犠牲を伴うものだ」と一般市民に向かって発砲するなど、彼らの物質主義が暴走してしまい、市民の心(精神世界)を完全に無視し、戦闘と混乱が始まったのだ。
「トットムジカ」の正体は何か。内と外との矛盾と言いたいのではないか。精神世界と現実世界、そのどちらか一つだけでは完全体ではなく、矛盾が生じてしまう。両世界のバランスが崩れ、その矛盾が具現化したのが本作の最大の敵である「トットムジカ」であったと思われる。
精神世界と現実世界の矛盾をどう解決するかがこの作品の醍醐味のはずだった。精神世界で仲間(ルフィたち)、現実世界でウタの育ての親(シャンクス)の両アプローチにより、トットムジカは倒され、世界は調和を取り戻すことになる。ここでわたしは反論するが、結果的に本作は現実世界に重点が置かれ、精神世界の優位性についての説明が足りなかったように思う。マンガやゲーム(映画だってそうだ)に代表される嗜好の世界は人々の心に感動を与え希望をもたらす大切な世界だ。精神世界の具現化ウタが悪者としてつるし上げられ、死という罰を受ける結末は納得がいかなかった。
エンディングが弱い。ここで現実世界が精神世界によって支えられるという調和を描いてはいるようだ。「世界中の人々がウタの歌を聴く」ことで、人々が現実世界で励んでいるとでも言いたいのか。エンドロールで静止画を流すのみで、いかんせん説明不足。ウタの歌により、活力が出て労働に励むことができたり、病気や別離などの辛い感情が癒され前向きに生きる希望がわいたりしたなどの描写はできなかったものか。