「彼らの測量と一歩は、遥か現代日本まで」大河への道 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
彼らの測量と一歩は、遥か現代日本まで
毎年話題になる大河ドラマの題材や人物。
今は『鎌倉殿の13人』が人気のようで。来年は家康だっけ?
実は大河ドラマをほとんど見た事無い私。ゴメンちゃい…。
さてさて、それでも大河ドラマの題材になるのは凄い事。日本の歴史や偉人は星の数。
我が福島で言うと野口英世はなったっていいと思う。お札にもなったんだし。その昔、映画になったからまあいいか…。
まだまだ大河ドラマの題材になって欲しい偉人はたくさんいる。
その偉人と同郷の人たちは特にそう思っている。
何故この偉人が大河ドラマにならないの…?
“ちゅうけいさん”だって。
…“ちゅうけいさん”?
千葉県香取市。地元の人から親しみ込めて“ちゅうけいさん”と呼ばれてるのは知らなかったけど、伊能忠敬の事は知っている。
日本地図を作った人。
始めたのは五十を過ぎてから。
測量や天文も一から学び。
優れた計測機器やコンピュータもドローンも無かった時代。自分の足で歩き、自分の目で計り、自分の頭で計算し…。
この測量の仕方、正直ちんぷんかんぷん。「分かってないだろ?」って劇中の台詞、何だか自分に言われたような気がして…(恥)。日本に正しい暦を作った『天地明察』の安井算哲もそうだけど、人の頭の良さは昔も今も変わらない。
歩いて計り、歩いて計り、かかった歳月は17年…!
完成した地図は、現在の地図とほとんど寸分変わらぬ正確さ。
この地図が無かったら、日本の歴史、経済、文化…どうなっていただろう。
本当に偉業。偉人。
20年ほど前に映画になっているが、確かに大河ドラマになってないのが不思議なくらい。今からでも企画を。
題して、『伊能忠敬 大河への道』!
…でも本作、タイトルに“伊能忠敬”を冠していない。何故…?
驚きの事実。
実は伊能忠敬は、日本地図を完成させていなかった…?
ひょんな事から伊能忠敬題材の大河ドラマ誘致を任された香取市役所総務課主任の池本。ベテラン脚本家に頼み込み、何とか本格的始動に漕ぎ着け…。
そんな現代パートと江戸時代の地図作成の過去パートが並行して展開するユニークな構成。
脚本執筆寸前に知った驚きの事実。
伊能忠敬は地図完成の3年前に他界していた…!
本作だけの議論になりそうな脚色だろ…と思ったら、これ、本当の“事実”。Wikipediaにも記されてある。
この事実は全く知らなかった…。
その事実を知って、大河ドラマどうする?…と右往左往する現代パートと、伊能忠敬亡き後遺志を継いで引き継いだ弟子たちの過去パートこそが、本作の要。
つまりは本作、伊能忠敬を題材にしていながら、伊能忠敬が出てこない、これまたユニークな“伊能忠敬伝”なのである。
そんなんで話になる?…と思うが、話になるのである。
地図作りは費用がかさむ。幕府にとっては悩みの種。
伊能忠敬の死が公表されたら、地図作り自体が取り止めになってしまう。
完成まで後もう少し。先生が心血注いだ偉業をナシにするなんて事だけは絶対に…!
そこで伊能忠敬の死を伏せ、“生きてる”として地図作りを続行。
これは危険な道。お上や幕府を偽っていた事になる。もし知れたら…。
伊能忠敬の亡き天文学の師の息子・高橋景保も当初は幕府寄り。(実は私知らなかったが、この景保の人生も大河ドラマに出来るくらい波乱万丈)
だが、弟子たちの真剣な志や努力に打たれ、景保も尽力するように。
景保を“こちら側”に引き入れたのは、伊能忠敬の元妻の一芝居。ちょいちょいこの人の一芝居や先手が窮地を救う。
姿を見せない伊能忠敬を幕府から怪しまれ、周囲をしつこく嗅ぎ回られる。
伊能忠敬“生存”のまま、悲願の地図完成まで辿り着けるか…?
キャストが現代パートと過去パートで一人二役なのも面白い。似たような役柄だったり、正反対だったり。
中井貴一は人の良さそうな主任と真面目な景保。
松山ケンイチは現代パートでも過去パートでも中井貴一の部下で、特に現代パートではチャラい若者。
北川景子は現代パートではお堅い市役所員だが、過去パートでは機転の利く江戸女。
橋爪功は過去パートより現代パートの気難しい脚本家の方が見せ場あり。
岸井ゆきの、平田満は過去パートでの伊能忠敬の弟子で好助演。
西村まさ彦も過去パートの“幕府の犬”の方がこの人らしいユニークさ。にしてもホント、近年のユニークな時代劇によく出るね~。
基は立川志の輔の創作落語。中井貴一が気に入って自ら企画も。
落語が基で江戸時代の地図作りなんて聞くと、地味でよく分からなそうと思うが、これが非常に見易い。
日本人なら心に響きそうなユーモア、人情、そして感動…。
コツコツ一歩一歩の地図作り。
“目的地”に向けて一致団結。一蓮托生。
お上の御前にて地図の初御披露目。
その正確さ、この国の美しさ。そこに、伊能忠敬もいた…。
現代パートと過去パートがいい感じに相乗し合っている。
伊能忠敬の遺志を継ぎ、見事地図を完成させた弟子たち。
老脚本家は伊能忠敬ではなく、弟子たちにスポットを当てた脚本を書きたいと言い出す。
確かにこの“名もなき偉人たち”の秘話を知って、また歴史の陰に埋める事など出来ない。
あれ、そうすると本来の主旨から…? 大河ドラマはいったんお流れ。
でも、諦めない。
また新たな一歩から。コツコツコツコツ、大河への道を歩み出す。
思ってた以上に大義(グッジョブ)であった。
歴史の隠れた逸話は、鳥肌もの。