コーダ あいのうたのレビュー・感想・評価
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前半 笑える 、後半 泣ける
マリー・マトリン演じる母親のセリフに「産まれた子供が耳が聞えると解って 残念 わかり合えないと思った」ってのがありました。
同じ女優が『愛は静けさの中に』(1986)でも印象的なセリフで「子供が欲しい 耳の聞こえない子が欲しい」ってのがありましたし、NHKドラマ『しずかちゃんとパパ』でも産まれた子供に「この子聞こえるみたい、聞えるって可哀想」ってセリフが印象的でした。
2024年3月5日に3回目鑑賞。
もう一度観映画館で観たかったので再上映はありがたい。
3月末で建物ごと取り壊す事になる、福岡中洲大洋映画劇場のおかげです。
ダブルでネタバレになる、いけないレビュー
印象に残ったのは、家族視点の無音世界のコンサート会場のシーンと、家に連れてきた友人とともに親の営みを目撃するシーン。
ストーリーは、家族に頼りにされる主人公が学校で音楽の才能を認められ、家族の未来と自分の将来との狭間で悩む。リバーフェニックス主演の『旅立ちの時』(1988年制作 原題:Running On Empty)に似ていた。
今作は、①父と母や兄の性描写がある。②ところが主人公はキスまでしか描かれていない。解釈は、①愛情を身体で表現する家族。②主人公は今まで特定の相手がいなかった。家族のために自分のことを二の次にして妥協したり我慢して生きてきたのだろう。
歌も素晴らしく、感情移入がしやすくて感動の場面が多い。
見始め、歌のレッスンと漁業の異なる二つの世界がどう繋がるか見当もつかず、主人公以外のセックスシーンが伏線なのかストーリーにどう関係するのか、描写の必要があるのかと懸念した。
今作は希望に満ちた終わり方であり、そのラストの展開までもが、大好きな作品『旅立ちの時』と似ていて驚いた。これはダブルでネタバレになる、いけないレビューだ。
結局、無駄のない脚本と必要な描写で大満足した。
泣かされると分かっていても泣く
いろんな愛を綺麗な歌声にのせて
素直にやさしい気持ち・・・
ろう者の家族をとりあげた難しいテーマ。恋愛や進学、家業の漁師の存続など色々な出来事が主人公の心を揺れ動かすんだけど、全編を通して美しい音楽と歌声が効果的に連鎖されていてぶれない。最後まで時間を忘れて観続けられる作品でした。
まだまだ数少ない女性の映画監督。正しい観方ではないかもしれないけれどその感性の違いを期待を込めて意識して観るようにしています。この作品ではボーイフレンドとのからみが乙女チックでこっぱずかしかったり、下ネタ多過ぎちゃう?とか最後は絵にかいたようなハッピーエンドが気にならないでもないけれど、観終わってみれば何故か素直にとっても優しい気持ちになっていました。女性監督さんにさらなる期待です。
2014年のフランス映画である『エール!』の英語版リメイク。聴覚...
2014年のフランス映画である『エール!』の英語版リメイク。聴覚障害を持つ家庭で育つ、聴覚が保持された子供の成長を描くヒューマンドラマ。
『 CODA(Cildren of Deaf Adults) 』とは、聴覚障害のある親をもつが、自身は聴覚に障害のない人を指す言葉。CODAは幼少期から親の通訳や代理交渉等を行うことが多く、年齢にそぐわぬ過度の負担がかかり、成長への影響が心配されている。また『ヤングケアラー(young carer)』とは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子供を指す。
本作の主人公はCODAであり、ヤングケアラーでもある。
タイトルがCODAであることから、この問題を映画の主題にしようとしているのだろうが、主人公に特殊才能(歌が上手い)を付与してしまったことで、CODAやヤングケアラーの闇部分が飛んでしまい、過酷環境から脱出する少女の単なる感動映画にすり替わってしまっているように感じてしまった。
なお、父親役のコッツァーは現実世界においても聴覚障害者である。フランス版「エール!」で手話がデタラメだと批評されていたので、本作では修正したのであろう。
良い映画。安心してみられるラスト。
面白さがよくわからなかった
聾唖の家族の中で生きる一人の健常者の女の子が歌の才能を見出されて……という話
とはいえ、家族たちが自分たちの理解できない分野に挑戦しようとする主人公と衝突するような展開を期待していると肩透かしを喰らいます あくまで家族や周囲の反応は良識的で、ひどいいじめやバトル展開になったりはしなくてよくいえばリアル、悪くいえば盛り上がりにかけるなあという感じです
映像や演技、主演女優の歌が美しく素晴らしかったのですが、結局何も残らなかった感じがして残念です
今までで最高のキスシーンだった
デビッド・ボウイ、ジョニ・ミッチェル、マーヴィン・ゲイ、アイズレー、クラッシュなどなどセンス良い曲が歌詞に合わせた場面で使われていて、それが作品のポイントになっている。
そして細かいところでは、ボブ・ディランの声を引き合いに出したり、高校生にレッツ・ゲット・イット・オンを合唱させたり、キング・クリムゾンのTシャツやKOOKSというバンドのポスターにまで意味があって、ディテールに凝っている。
ミニマムに絞った挿入曲や、こういう音楽ネタを駆使するあたりは、クレジットで大々的に音楽プロデューサーを掲載しているところから想像できたが、さすがだ。
音楽と聴覚障害という相反するテーマをうまく融合させている。
シンプルな演出で、家族全員の演技も良い。
途中で入る90秒ぐらいのサイレントの間では、自分も含めて皆さん明らかに泣き声が漏れないよう我慢するのに必死で、映画館で観ている意味というか価値というか、分かち合える時間と空間だったと思う。
私はオッサンで、かなり泣いたが、隣のオッサンもオバサンも、後ろのオネーさんたちも、自分以上に泣いてた。
20220128 豊洲ユナイテッドシネマ
涙なしには見られない、美しい愛に満ちあふれた映画
映画館で友人と鑑賞しました。
音のある世界からない世界へと移った瞬間、今までは客観的に映画を観ているだけだったのがすべて自分ごとになり、映画の中に入り込んだような気持ちになりました。
耳が聞こえない家族の中で唯一聞こえる主人公の想いが痛いほど伝わって、涙が溢れてきました。同時に、耳が聞こえない家族の想いも伝わります。お互い愛し合っているのにすれ違い、理解しようとしているけれども理解できない、などもどかしい気持ちでいっぱいでした。
最後の音楽大学の入学試験で家族の前で披露した歌は本当に忘れられません。
歌とは想いをのせるもので、音として聞こえなくても家族に想いが通ったと思うと、今でも思い出すだけで感動して涙が溢れ出てしまいます。
ぜひこれは多くの人に見てもらいたい映画です。傑作です。
主役の演技が良く涙腺崩壊
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女子高生の主人公が合唱部に入り、先生の指導を受ける。
歌の才能を見出されたが、家庭に問題があり練習に集中できない。
というのは、実家が漁師で、両親も兄も聾唖者だったため。
音が聞こえないと危険なため、一緒に漁に出なければならない。
また漁師一同で組合を作ったが、その通訳としても必要・・・。
才能があるため奨学金で音大に行ける可能性があったが、
家族のことを考えてその道を断念したのだった。
しかし最後の音楽発表会に出た両親の気が変わる。
娘の美しい声に笑顔になったり感涙する人々を見たからだった。
こうして当日になって急遽音大を受験することになった。
先生が伴奏してくれる中、家族に向けて手話付きで歌う主人公。
こうして見事合格となったのであった。
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この人、いい女優だなって思った。
まっすぐで、時に激しい感情がすごく伝わって来た。
純粋にこの主人公の将来を応援する気持ちになれたわ。
家族で自分だけが健常者なため、自分がいなくてはならない。
でも自分の夢もある、その狭間で揺れる主人公。
兄だけは彼女の夢を応援し、自分のために生きろと言ってくれた。
最終的には親もそれを許してくれた。
でもそんなことしたら海に出られんくなるけど、生活大丈夫なの?
・・・こんなしょーもない心配は映画には無用の長物。
感動したのは、子を思う親の気持ちというよりも、
生徒に才能を見出して時に厳しく情熱をぶつける先生と、
自然体で頑張り屋の主人公が、夢に向かって歩み出すところ。
きっとこの主人公なら、いい音楽家になるんじゃないだろうか。
エール!の方がいい。
世界を両側から見るの
不自由さ故に家族の関係が濃厚
ジョニ・ミッチェルの名曲『青春の光と影』を家族が2階席で見守る中、手話を交えて歌うシーンが、とても良かった。歌は、思いを伝えたい人のために歌うのが一番。試験とかコンテストを超えた一回きりのすばらしさがそこにはある。本来の歌の姿なのではないか。
前回は、終わりの30分位をみただけだったので、最初から見て、家族が置かれた立場、漁業の厳しさ、ろうあ者故に家族が結束しなければならないこと、それ故のしがらみ、不自由さなどが絡まって、健常者の家族の自由度とは大きく違っている。でも、考えようによっては、そのような障がいを皆で乗り越えようとするから、家族の物語が生じる。自由度が高く、何でも思いのままに選択できる場合は、家族がバラバラ、自分の好きな方ばかり向いていて、家族の物語は生じづらくなっているのではって思わされた。
歌のレッスン、彼氏との心理描写は控え目で、家族との関係性、葛藤が中心に描かれた映画だった。きっと、ぶつかり合って、それでもお互いに思いやり、尊重し合える家族が一番なのだろう。
大事なのは、自分と相手とのあいだの空間で 何を伝えられるかだ
【聴こえない世界の可視化】
無音のシーンが幾度もはさみ込まれる事でよくわかる―
ものすごい疎外感と不安が押し寄せること。
それはお互いに本当に別々の、裏側同士の世界に生きていたのだという現実の 可視化。
「両面から見てみよう」とルビーが歌う青春の光と影、
ジョニー・ミッチェルのBoth Sides Nowがしみじみと聴かせる。
「Babyじゃないよ。ルビーは昔から大人だったんだ」。
このパパの言葉で、我が娘がずっと今までヤングケアラーのくびきを担ってくれていたこと、その娘の置かれていた境遇にハッとするお母さん。
その手元をじっと見る兄貴。
”反対側にいる存在"に三人が気付くいいシーンだ。
聞きしに勝るいい映画だった。
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【コミュニケーションの冒険は、怖気づかなくてもいいんだと、この映画は教えてくれている】
この音楽の先生=V先生がとーっても良かった!
ルビーがCodaであることは知ってはいても、
その実情はよく知らずに、ただ歌うことの楽しさを夢中になって語り、そして自らが踊り、ルビーに大声で「歌心」を伝えた。
そしてこの先生は、Codaの境遇がわからずにルビーに対してバークレー音楽院への進学を勧めた。無頓着にだ。
この彼の無頓着ぶり、不見識ぶり、無神経ぶりがたまらなく良いのだ。
その真剣な無理解とルビーへの圧倒的な興味こそが、いずれルビーたちに事件を起こさせてくれるからだ。
V先生は、(ありがちな)おっかなびっくりの知ったかぶりをするとか、あるいは「配慮」という名の気遣いをしたりといった、Codaのルビーを腫れ物のようにしていたわるような慈善はしなかった。
時間を守らないルビーに対してあそこまで怒りまくった。
先生は大好きな音楽に彼自身がのめり込んでおり、自分の生活リズムも頑なに固持するキャラクター。
でも先生は本気で仲間を作ろうとする。ルビーに対しても遠慮知らずに「歌うことの喜び」をば、本気でルビーと共有したくて、その思いを爆発させていたのだ。
本作を観ていて、V先生とルビーの、掴み合いと叫びながらの取っ組み合いを見ていて、僕らも怖気づくことはないのだと思わせてもらった。
「好きとか嫌いとか」、
「怖いとか楽しいとか」、
そういう本心をこそ、腹式呼吸で、腹の底から、相手に伝えたいこと・吐き出したいことが、そこにあるから、それ故のあの二人の熱量 なのだ。
「ハッ ハッ ハッ ハッ」呼気吐息で語る胸の内。
手話で歌のイメージを表すルビー。
それを絶句して目撃するV先生。
鼻の奥が熱くなった。
あの音楽室での二人。
未知の世界への出会いとカルチャーショックは、戸惑いと対立を生み出す。けれどそれが事件を起こし、心を揺さぶる新しい生き方をルビーに引き起こさせたのだと思う。
家の中でも、家の外でも、ルビーは闘っていたのだ。
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【アイラブユーの手話サインは、とても難しい】
車の窓から手を出す。
梅津かずおのまことちゃんの「グワシ」に似ている。あの手の形は練習が必要だ。
だけれど、《それ》を伝える思いこそが、練習が本当に必要で、またそれが難しいのだねぇ。
僕たちは、
手話をしている人たちのそばにいると、話せないはずの人たちから意外にもたくさんの音が聞こえることに驚く。
バタバタと衣(キヌ)の擦れる音、
手がビュンビュンと風を切る音、
手首や指が振り回されてポキポキ鳴って、
興が乗ると、“会話”には弾む息遣いや、漏れる喉の声や、汗の香りもこちらにビジビシと伝わってくる。
五感がそれをレシーブするから、
こちらもそれに応えてがっつりとアタックするのだ。
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【ご近所のケアマネさん】
うちの両親の住む家に通って下さるケアマネジャーさん。
不思議な気遣いと配慮を見せてくれるので、母が問うてみたところまさしくご本人「Codaなのだ」と。
御両親が聴覚障がい者で、
「健聴の子(ご本人)が生まれてしまい、親御さんはどう育てていいのか分からず、未知の世界が不安で、戸惑ってしまった」のだそうだ。
これ映画のお母さんの述懐がそのままですね・・
「ザ・トライブ」
「エール!」
「サウンド・オブ・メタル」
「私だけ聴こえる」
こういう映画が次々と発信されて、
世の中にはまだまだ僕らが知らないコトバがあるのだと発見が出来て、
これは なんと素晴らしいこの時代ではないだろうか。
ZOOMなどを使って「リモートの手話通訳仲介」を、ホテルなどの受付けカウンターで、チェックイン時に利用することも出来る。
音声⇔文字変換のアプリも便利になった。健聴者・失聴者や視覚障害者同士の会話にもこのアイテムが使える。
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【対話に必要なのはハートと工夫、そして跳躍だ】
バークレー入学のために家を出るルビーにパパが言ってくれた渾身の「 GO 」が沁みた。
あれ、お父さん本人には聴こえないけれど、ルビーと鑑賞者の僕たちにはちゃんとあれが聴こえた。
語れ、歌え、聴き取れ、そして 伝えよ!と
お父さんの「 GO 」は、観る者すべてに励ましをくれているようだった。
◆「お前が生まれるまではうちは平和だった」「出てけ」
憎まれ口を叩いて妹を実家から“追放”する兄ちゃん、
妹思いの素晴らしい演技で、あれには泣けた。
◆「どうせ追い出すならみんなで見届けなくちゃ」と、涙をを隠してひょうきんな母ちゃん。
◆「声を出すのが怖いのか?そのCodaの醜い声を思いっきり出してみろ」とあのV先生。
大きな海原の、漁業のシーンから始まったこの映画、
〜親と子と、
〜兄ちゃんと妹と、
〜教師とその生徒と、
みんなが一石を投じ合って、港町の水面に、愛のさざ波を立てたんだね。
親と子の、別々の船での
これは新しい船出なんだ。
そして
劇中で、繰り返し湖水に飛び込んでいた若者たちの姿も、印象的に心に残った、
「ためらうと足が震えるからすぐに飛び込むのよ」
DISTANCEを飛び越えようとするBoth Sides Nowの跳躍。
娘無しに生きてみようと決心する親たちと、愛ゆえのためらいを抱えつつ自分の人生を選んでみる娘と。
・・家族の中にも 親友たちの間にも Both Sides Nowがしみじみと流れていたのだ。
言葉は振動。
思いはビート。
パパはルビーの喉と胸に手を当てて言葉を受け取る。
ルビーもパパをハグする。
本気で伝えたいなら、手段を探して奔走をすればいい。飛び込めばいい。ハグすればいい。
それはきっと伝わるんだよ。
ドキドキしてきた。
(了)
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「左耳の聴力が落ちていますね」と検診で言われてしまった僕。
同僚たちの立ち話にうまく加われない猛烈な疎外感があって、なおさらこの映画には感じるものがありました。
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