「素直に感動できる良作」コーダ あいのうた ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
素直に感動できる良作
フランスで大ヒットを記録した感動作「エール!」のリメイク作。
基本的なシノプスはオリジナル版と一緒で、演出やセリフ、場面構成まで同じ個所もあり、オリジナリティという点では「エール!」に劣るが、それを差し引いても前作同様、このリメイクも良作である。
ただ、本作はオリジナルとは設定が色々と変更されている。ハリウッドでリメイクされる場合、往々にしてこの設定改編で失敗してしまっている印象があるのだが、本作はそこが上手くいっている。
最も大きな変更はルビーの家の家業が酪農業から漁業に変わった点である。これによってオリジナル版にあった父親の選挙戦のエピソードは、苦しい立場に立たされる漁師たちの漁業組合への反発というエピソードに書き換えられている。両作品を見比べてみると分かるのだが、この改変は実に上手くいっている。正直オリジナル版の選挙戦にはどうしても唐突な印象が拭えなかった。平凡な酪農一家の男にとっては余りにも無謀な出馬であるし、それに賛同する家族の浅はかさな思考にも無理がある。それに対してこちらの反組合活動というのは、日々の経済的利害が直接絡んでくる話なので吞み込みやすい。
もう一つ大きな変更点は、弟のキャラが本作では兄に変更されたことである。オリジナル版の弟はどちらかと言うとマスコット的な存在で所々でユーモラスなエピソードをまき散らしていたが、本作の兄はコーダの進路を後押しするような頼もしさがあり、存在感という点ではかなり大きくクローズアップされている。これも上手くアレンジされていると思った。
他に、コーラス部の男子生徒とのロマンスも、オリジナル版は中途半端な描かれ方をしていたが、こちらはより明確な形で描かれていて観てて非常に気持ちが良かった。
このように本作はオリジナル版で足りなかった所、余り上手くいっていなかった所が見事にブラッシュアップされており、リメイク作品としてはかなり成功している方だと思う。得てしてこの手のリメイクは失敗することが多いが、今回はオリジナル版の良い所はそのままに、改良の余地がある所は大胆に改善しながら元々の作品のトーンを崩すことなく上手く作られていると感じた。
キャストではルビーを演じたエミリア・ジョーンズの好演が印象に残った。手話を使った難役を堂々と演じきって見せている。今後の活躍が楽しみな若手女優である。
また、母親役のマーリー・マトリン以外の家族は本物の聾唖者が起用されているというのも大きな見所である。手話のことは詳しく分からないが、父親と兄はそれぞれに好演していると思った。
ちなみに、マーリー・マトリンを言えば「愛は静けさの中に」で華々しく映画デビューを飾り、その後もテレビドラマを中心に長く活躍し続けている女優さんである。ただ、デビュー作以降今一つパッとした活躍を果たしておらず、少し寂しく感じていたが、それが本作で久々に見ることが出来て嬉しかった。
後でわかったのだが、彼女は女優業の傍らで聾唖の子供たちのために慈善団体の活動しているということだ。本作で本物の聾唖者をキャスティングするよう働きかけたのも彼女だったということである。
思えば、マトリンが出演した「デッドサイレンス」は中々良く出来たサスペンス映画だったが、その中で彼女は聾唖学校の女性教師役を印象的に演じていた。もしかしたら、その頃から彼女はこうした慈善活動の意識を持っていたのかもしれない。