「007と意外な接点のある一作。」ゴヤの名画と優しい泥棒 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
007と意外な接点のある一作。
ロジャー・ミッシェル監督の遺作となった本作。本作も安定した演出力でその手腕をいかんなく発揮していたため、とても驚きました。
主人公ケンプトンは公共放送の受信料不払い運動をするなど、穏やかな風貌ながら社会問題に対して強い意識と行動力を持った男性。そんな彼がゴヤの名画を盗難するという重大な事件を引き起こします。その動機は彼の口からも語られ、それなりに納得できるものの、でも物語をこれ以上話を膨らませるのは難しいのでは…、という勘ぐりを鮮やかに上回った展開となります。まさに「優しい泥棒」です。
映像の繋ぎと音楽の添え方がなかなかシャープで、それが一見地味目め作風であるにもかかわらず、意外な疾走感を生み出しています。
実際の事件に基づいているため、イギリスでは既に結末まで知っている人もいたはず。でもジム・ブロードベントとヘレン・ミレンの演技で、全く飽きさせません。特にドロシー・バントンを演じたミレンの振る舞いは、観客の感情そのままを反映していて、とても笑え、そしてはらはらさせられます。
演技以外にもロンドンの街並み、風景の美しさは見事で、特に緑色の使い方が非常に印象的です。ドアや壁などを見ているだけでも全く見飽きない作品となっています。原題は盗まれた絵画『ウェリントン公爵』を意味する"The Duke"と少々素っ気ないため、日本語タイトルの工夫が際立ちます。
なお、絵画は1961年に盗まれ、1965年に見つかりますが、盗難翌年に公開された『007/ドクター・ノオ』に、ドクター・ノオが盗んだという設定でこの絵画が登場します。現在進行形の事件を作中に入れ込むという、なかなか際どいユーモアだったんですね。