「勝手な主観でごめんなさい」鬼が笑う R41さんの映画レビュー(感想・評価)
勝手な主観でごめんなさい
タイトルについて考えさせられる。
おそらく鬼とは主人公石川カズマの母のことだと思う。
すべてをカズマが悪いからだと決め込み、その自分に憑りついた邪悪を取り払うためにカルトに入信した。最後にカズマがアパートを訪れると、3人で仲良く肉じゃがを食べていた。
その時の母の笑顔が実に印象的だ。
石川一家の元凶は父だ。
パチンコ狂いのDV 現状の悪いことすべてを妻の所為にしている。
当時母は必死で子供たちを庇っていた。是が非でも夫が子供たちに暴力を振るうことは許さなかった。
妹のまどかは父のDVに堪えられなくなり母を助けようとするが、一蹴されてしまい家を出るとちょうど兄が帰宅したことで兄に助けを求めた。
カズマもすでに我慢の限界に達していた。
金属バットで父の頭を何度も殴って死亡させた。
さて、
カズマはなぜ母からあんなにも疎まれなければならないのだろう?
仕事から帰り、作った肉じゃがの皿をひっくり返す行為は、恵方巻を家族で食べていた時の父の行為と同じだ。
「私がこんなに苦しいのは全部アンタの所為」
この言葉も父と同じ。
カルトの入信者営業をやめさせようとするカズマに「鬼子」と痛烈な言葉を浴びせかける。
この瞬間、タイトルの鬼とは母のことを指しているのがわかる。
事件が起き、世間体や嫌がらせを想像することはできる。
でも引っ越しもせずその毎日の嫌がらせに応じていたのはなぜだろう?
妹は良縁に恵まれ幸せな家庭を築いた。
しかし彼女もまた「私の人生に関わらないで」と兄を退けた。
「全部あなたのエゴなの なんで私を巻き込むの? どんな思いで今まで生きてきたかわかる? 誰の所為? もう辛いのは嫌 あんな思いは嫌」
妹は少し兄に対する思いやりを残しているものの、許せない気持ちの方が強い。
まどかにとって「いい人」が現れた時、事情をすべて打ち明けたのだろう。
同時に廃人の様になっている母を見捨てたのだ。
もちろん結婚式にも呼んでない。
兄には連絡をしたのだろう。
まどかは石川家を捨てた身分だ。
さて、
カズマは家族を守りたかった。
でも失われた絆はもうどうにもならない。それをまどかによって痛烈に教えられた。
リュウは誤って社長の首を何かで切り死亡させた。
彼の祖国の話を何度も聞いていたカズマは、彼の「殺してくれ」という依頼にこたえる。
この時カズマは2度目の鬼になったと、自分自身思ったに違いない。
社長の葬儀をめちゃくちゃにして、その足で母のアパートに行った。
最後にもう一度母の目を覚まさせたいと思った。
しかしそこにはカルト二人と一緒に楽しそうに笑いながら肉じゃがを食べている母を見た。
一瞬、殺気が走る。
しかしそのままいつか家族3人で海水浴に出掛けた浜辺に行く。
カズマは職場で「殺人鬼ちゃん」と呼ばれていたこと、母の言った「鬼子」という言葉 まどかにまで「私の人生にもう関わらないで」といわれたことなどが頭に浮かんでいたのだろう。
自分自身の忌々しい人生にケリをつけるため割腹した。
しかし、
この作品は何だろう?
どうしてもカズマがしてしまったこととその後の石川家に対するバッシングがあったにせよ、二人ともすべてをカズマの所為にした理由がまったく理解できないし共感できない。
この部分が描き切れてない。通常絶対そうはならない。ならない理由を描いてほしかった。
また、高校生のカズマが取った窮地から脱出する最後の方法がどれだけ間違っていたとしても、刑罰を受け世間から疎まれながらも社会復帰し、家族の絆を取り戻そうとするのはそんなに間違ったことなのだろうか?
カズマが心のよりどころにしてきた母とまどか 二人の思いはどこまで行っても交わることのないほど開き切ってしまっている。
それに加えて仕事上の問題と仲間の苦悩。
最後はどうしようもなくなってしまう。
この作品を撮るのであれば、「セヴン」のように、カズマに考える余裕を与えないようなスピード感が欲しい。
考えさせると視聴者も一緒に考えることで違和感が払拭できなくなるのだろう。
また、どこまでさかのぼっても「悪魔の法則」のように、いつの時点での選択だったのかを考えさせるようでなければ面白くないと思う。
作り手の方々申し訳ございません。完全に私の主観です。