「誰にも言わずにそっと抱きしめていたい良作」やがて海へと届く カールⅢ世さんの映画レビュー(感想・評価)
誰にも言わずにそっと抱きしめていたい良作
大学の新入生の時に出会った女子二人をメインにして、大事な人を亡くすことの喪失感を丁寧に描いた作品。
岸井ゆきの主演。
クラブ勧誘でごったがえすキャンパスで、湖谷真奈(岸井ゆきの)はネコ🐱のポーチを拾う。強引な歓遊に戸惑いながらも断れない真奈。そこへ割って入ってきたすみれ(浜辺美波)。
新入生歓迎コンパで真奈は先輩男子からえげつないセクハラとモラハラの洗礼を受ける。すみれが機転を利かせて助け、その日のうちに二人は仲良くなる。
かねてより母親と折り合いの悪いすみれ。雨の夜に突然真奈のところに来て、一年半居候したが、敦(杉野遥亮)と同棲することになって、出て行ったらしい。
卒後、ホテルのレストランのフロアマネージャーとして働いている真奈。京都の木工インテリア製作会社への入社を考えていたが、今の部屋(広いバルコニー付きの木造アパート)を離れたくないので、断念した真奈。優しさに溢れた真奈のインテリアと植栽のセンス。互いに過干渉はしないが、互いを尊重する暮らしにすみれも居心地がとても良かったであろう。
ある日、真奈は敦からすみれの遺品整理の連絡を受ける。
活動的なすみれは3.11の東日本大震災の時に海岸線の駅のホームにいて、被災したらしいのだ。
敦の部屋で猫のポーチを見つける真奈。すみれに介抱してもらったときの青いシュシュを入れて、大事にとっておいたものだった。
「いつの間にかなくなっていたものがあるんです」
敦と真奈の会話。すみれの死をどうしても受け入れたくない真奈の気持ちが痛い。
レストランの店長の楢原(光石研)は店のBGMにこだわりをもっていた。真奈は楢原から信頼されていたが、ある日、楢原から出勤が遅れると連絡を受ける。真奈にBGMの選択を託して、自宅の風呂で首吊り自殺してしまう。すみれに続き、楢原の死に落ち込んでいる真奈にコックの国木田(中崎敏)ば有給を使って気分転換することを勧める。真奈が選んだのは三陸への旅だった。心配し、同行する国木田。訪れた土地の建物のなかで、震災で亡くした家族の思い出を語りそれをビデオカメラで撮影する人々(中嶋朋子、新谷ゆづみら)。
「親友が帰ってこないんです」
伊藤母娘の民宿に泊めてもらい世話になる真奈。
民宿の娘はずみに海岸で祖母から習ったという子守り歌を歌ってもらう。漁に出たきり帰ってこない夫への気持ちを歌った唄だった。
10メートルを越える防潮堤に佇む真奈。
冒頭の水彩画のアニメと対をなす赤いスニーカーを履いたすみれが無人駅にただずむ姿。駅のホームのおばあちゃんも浜辺美波に勝るとも劣らない上品で綺麗な人だった。はずみのおばあちゃんだったのかもしれない。
一晩寝たあとでも、映画の美しいシーンがどんどん沸いて来て止まりませんでした。
真奈を大切にしてくれた人々。
ある日突然いなくなった人々。
不器用ながらも繊細で素朴な真奈を演じた岸井ゆきのにやられました。
幼げで、虚ろで、悲しげで、それでいて強く訴えて来る眼。涙。
すみれのビデオカメラを何度も再生するシーン。
真奈はすみれの目線で確認し、知らなかったすみれの一面を感じたい。
敦は死んだあとでもすみれの秘密を見てはいけないと思うと言う。
大切な人の撮った写真やビデオ映像は捨てられない。
ノマドランドでも父親の撮ったスライドを車の中で時々見る彼女のシーンが辛かったのを思い出しました。
追記
すみれが吐けない真奈に
「噛まないでね」と言って、口に手を入れて吐かせるシーン。
新入りの下戸の後輩がさんざん飲まされた挙げ句、キモち悪い上司に駅のトイレで無理やり口に手を突っ込まれて、吐け吐けと大きな声で攻められて、翌日、もう死にたいと言っていたのを思い出してしまいました。
浜辺美波さんの手だったら、彼もどんなにか幸せだったでしょう。
コメントありがとうございます。
震災の直接的な描写は避けてソフトな演出という点は同感です。普遍的な喪失と再生、特に不慮の事故で大切な人を亡くした場合はすべて当てはまりますよね。
「ドクターホワイト」は最初のミステリアスな部分は良かったんですけど、最後は惰性で見てしまいました。『約束のネバーランド』も思い出してしまうような結末でした。