劇場公開日 2022年12月9日

「シベリアに抑留された旧日本兵の希望や絶望という主題に真摯に向き合った一作」ラーゲリより愛を込めて yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0シベリアに抑留された旧日本兵の希望や絶望という主題に真摯に向き合った一作

2023年2月22日
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日本敗戦後、シベリアに抑留された旧日本兵の一人、山本幡男氏の逸話は、辺見じゅんの著作『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(1989)をはじめとした文芸作品などで既に広く知られていたようですが、恥ずかしながら本作を鑑賞するまでは全く知りませんでした。冒頭に「事実に基づいた映画化」と示されていたため、シベリア抑留を経験した旧日本兵のいくつかの出来事を、一人の人物の体験としてまとめた架空の物語なのかと思ったほどです。

ところが、もちろん映画化にあたっていくつかの事実を省略したり脚色したりしてはいるものの、概ね事実に沿った内容だと後から知って、驚きました。それだけこの逸話には、物語的とも言えるような要素がいくつも詰まっています。

上映時間の長い文芸大作は、時に導入部が長くなり、集中力が途切れがちになりますが、瀬々敬久監督の緩急の付けた演出は見事で、満州に住んでいた山本一家はたちまち戦火に巻き込まれ、分断されてしまいます。むしろなんで主人公・山本(二宮和也)がこれだけ飄々としていて、周りの人々が慕うのか、ちょっと理解が追いつかないほどのスピード感です。中盤までの山本の描写は、過酷な抑圧的状況の中でも尊厳と抵抗心を失わない、という点でポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』(1967)を連想させますが、ニューマンの超然とした振る舞いの背後には神に対する絶望が見え隠れしていたこととは対照的に、山本は家族に再会するという執念が根底にあります。その超人的な意思が非常に巧みな演出によって伝わってくるだけに、後半の二宮の鬼気迫る演技は本当に圧倒されます。

シベリアにおける収容所生活で、旧日本兵がどのように分断されていったのかを描いた場面は、辛いながらも収容所生活の複雑な一面を浮かび上がらせる重要な要素となっていました。終盤にさしかかってこうしたドライな視点はやや薄められたけど、とても強い印象を残しました。

敗戦直前から戦後しばらくの時期を描いてきた本作は、幕を閉じる直前に大きく場面転換するのですが、この転換は本作の出来事を現代に橋渡しする非常に重要な場面と感じました。これは原作も読まなければ…、と思われてくれる一作でした。

yui