劇場公開日 2022年12月9日

「道義無き時代に送る全身全霊の道義の物語...  極寒の大地で希望の花を咲かせた名もなき一人の男の物語」ラーゲリより愛を込めて O次郎(平日はサラリーマン、休日はアマチュア劇団員)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5道義無き時代に送る全身全霊の道義の物語...  極寒の大地で希望の花を咲かせた名もなき一人の男の物語

2023年1月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 辺見じゅんさん原作のノンフィクション『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』の映画化作品で、戦後間もなくの国交断絶状態のソ連の未開の極寒地シベリアで過酷な強制労働に従事させられた日本人たちの生き様を描いたヒューマンドラマ。
 水木しげるさんの戦記漫画で描かれるような死と狂気と隣り合わせの極限世界を舞台としながら、いつ終わるとも知れない地獄のような生活の中で周囲を励まし続けた実在の人物である山本幡男さんを主人公としており、彼と遠く離れた妻とのラブストーリーでありつつも、常識や道理が通用しない戦禍の中で如何に人としてのモラルを保ち得るか、というさながら現代版『人間の條件』とも感じられる重厚な作品になっています。
 自身や利害関係者の欲求を満たすことにフォーカスする割り切りが当然とされる今日に於いて本作の主人公の体現する"全方位的道義"はまさにカウンターパンチであり、タモリさんが『徹子の部屋』で「新しい戦前になるかも」と仰った今日現在を生きるうえで極めて大きな人生指針になるやもしれません。
 彼が異国の収容所内の同胞に広めていった短歌・俳句・古典、落語、仏教さらにはカントやヘーゲルといった海外哲学、映画、劇団に草野球等々は、いわば日本人としての教養のフルコースです。
 一方で当時の日本本国では戦前の価値観がひっくり返されて西洋のそれが換骨代替的にもたらされているのがなんとも逆説的です。
 まずもって絶望的な俘虜状況下で周囲の日本人たちの生きる希望を絶やさせず、帰国の途に就かせたことで評価されていますが、そのような中で誰よりも日本人として在り周囲にも日本人で在らせようとした(それもイデオロギーは抜きにして)ことも稀有な彼の功績だと思いました。

O次郎(平日はサラリーマン、休日はアマチュア劇団員)