劇場公開日 2022年12月9日

「ほど良い泣かせ具合」ラーゲリより愛を込めて いも煮さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ほど良い泣かせ具合

2022年12月13日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

序盤の空襲によりモジミとその子供たちが逃げる場面ですでに東京大空襲で命を落とした私の祖母と叔母たちのことを思った。
逃げる間もなく眼前が火の海になり母を見失ったと聞いた。肉親の死を目の当たりにする恐怖はいかほどだろう。

山本の家族は無事に帰国し何よりだったが、当の山本は終戦してもなおラーゲリ(収容所)に囚われの身となる。

シベリア抑留の話も実際にその場に居た人に聞いたことがある。不衛生極まりない環境下でロクな食料もなく感染症が蔓延し次々と人が死んでゆく。シラミやノミが沸き、亡くなった人を埋めたところからはウジが沸き、それも大事なタンパク源と言ってシラミを食べてたというから俄には信じがたい話だ。

映画はまだラーゲリの様子を観るに耐えるレベルで美しく描いている。映画に登場する一等兵のようにその場に居た人は明日を信じることなくその日をただ生きるしかなかったのだろう。

しかし、山本は単なる一等兵ではなかった。博識で物事を俯瞰できる聡明さを持ち、言葉の力を信じていた。
だから彼の発する「ダモイ(帰郷)」には重みがある。必ず明るい未来がくることを信じ、いつも唇には歌を、辛い時にもユーモアを忘れなかった。

瀬々敬久監督、いいね。
「糸」「護られなかった者たちへ」のあたりから説教臭さが消えエンタメ要素が盛り込まれて誰にでも伝わる物語を描くようになった。

今回も山本の人となりと何故周囲の人々が彼を信頼するようになっていったのかが理解できる丁寧な描写で一気に観客をラストの感動まで牽引していく。
また、シンちゃん(中島健人)の屈託ない明るさや癒しのクロ(犬)の登場場面では笑いも出る。
こういうしんどい映画ではどこかで息抜きが必要なのだ。

ラストの遺書のくだりでは一気に観客を泣かせにかかるのだが、そこも多少のやり過ぎ感はあるものの、絶妙なさじ加減で良かったと思う。これも脇を固める名優たちの演技力によるところが大きい。

特に妻に宛てられた遺書「妻へ!」の冒頭文には泣かせられる。
「よくやった。実によくやった。君はよくこの10年辛抱してくれた。殊勲賞だ。」

この時代にこんなふうに奥さんを褒める人いたんだなー。
自分の奥さんを「愚妻」と呼び、女に教育は必要ない、自分と自分の親や子供たちの面倒を見るのは妻として当たり前の時代だ。
昭和20年代(終戦後)を描く日本映画には今見たら全女子が憤慨するような、そんな場面はたくさん出てくる。

山本がいかに聖人であったかがわかる。
息子たちに宛てられた遺書のなんと現代の我々に響くこと!
大切なのは道義と誠と真心。特に最後は道義が勝つ。
まだ日本人が日本人の誇りを持っていた時代。明日の日本は自分たちが担うという使命を持っていた時代ならではの言葉だ。

自らの余命3ヶ月を知り、絶望、、、しないわけないじゃないか!と慟哭する山本の悲しみはいかほどのものか。希望を持つ人間にこそ何倍にもなって襲いかかる絶望は想像を絶する辛さがある。

病床で想う日本の家族のこと、夢の中でも妻のモジミは「あなたの帰りを待っています」と美しく微笑んだに違いない。
ここは郷愁とダモイへの願いのイコンとして、あの北川景子の美しさは絵的に必要なのだ。現実は泥だらけで肌荒れ・手荒れしてるおばちゃんだったとしても山本の妄想の中ではあのぐらいのミューズでなければならない。

※内容が苦しいので何度も観たい映画とならないため星少なめの評価です。

いも煮
みかずきさんのコメント
2023年6月15日

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私、10年位前から、キネマ旬報、kinenote、Yahoo映画レビューなどに映画レビューを投稿しています。現在の目標は、2回目のキネマ旬報掲載です。こちらのサイトには昨年2月に登録しました。
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本作の特徴は、戦争中ではなく戦後を描いている点にあります。戦争が終わっても、戦争は終わらない。いつまでも尾を引き、完全集結しない。戦後にフォーカスして戦争の不条理に迫った作品でした。泣けました。

ー以上ー

みかずき