劇場公開日 2022年3月5日

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「よく出来ている」親密な他人 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5よく出来ている

2022年3月10日
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鑑賞方法:映画館

 新垣隆さんの音楽が凄い。人が欲望に負けて堕ちていくときには、確かにこんな音楽が鳴り響く筈だと思わせる、そんな音が随所に散りばめられている。その結果、映画全体が怪しくて危なっかしい雰囲気で満たされたように感じた。
 おまけに主演の黒沢あすかが音楽に負けないくらい妖しい雰囲気である。演じた石川恵は、場末のスナックにある飲みかけの高級酒みたいで、飲めば美味しいかもしれないが、安い酒を高いボトルに入れているだけかもしれない。逡巡しているこちらを嘲笑うように誘ってくる。

 不良の連中というのは、意外にまめで時間にも正確である。よく言えば働き者、悪く言えばしつこくて執念深い。一度でも不良連中と関わると、関係を断つのは難しい。どこまでも追いかけてくる。大川もそんなひとりだ。
 井上は大川のパシリである。大川は嗅覚が利く。どこで何をすれば金になるかがわかっているみたいだ。分前はわずかだが、しばらくは大川の手下を続けるしかない。将来のことなど考えても仕方がないが、毎日のねぐらと食い物は確保したい。井上が考えているのはその程度だ。ほぼ野良犬と同じである。

 石川は赤ん坊が好きだ。近くにいたら触ろうとする。子供用品も売っているアパレルの職場でそんなことをすればどうなるか、石川にも分かっている。しかし赤ん坊を触りたい衝動は激烈で、自制心の働く余地がない。
 ストーリーが進むと石川の秘密が少しずつ明らかになっていき、その異常性も明らかになる。野良犬程度の頭しかない井上には、石川の恐ろしさが想像できない。自分のことで精一杯なのだ。

 爛れたようなエロスというか、四畳半の湿った畳の上での性行為みたいなエロス。年増女のたるんだ肌が妙に誘うような雰囲気が監督の狙いだろう。しかし石川が好きなのは赤ん坊のスベスベの肌だ。だから髭を剃って肌をスベスベにしたい。石川は赤ん坊フェチなのだ。

 なんとも危なっかしくて刹那的な石川と井上だが、シーンはきわめて日常的である。人は日常の中で堕ちていく。決してドラマチックではない。そこに恐ろしさがある。日常の至るところに深い穴があって、誰もが陥る可能性があるのだ。しかし作品としては逆に、日常生活を描きつつも、とてもドラマチックである。よく出来ている。

耶馬英彦