劇場公開日 2021年11月19日

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「若者の無宗教に平和の可能性がある」モスル あるSWAT部隊の戦い 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5若者の無宗教に平和の可能性がある

2021年11月25日
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鑑賞方法:映画館

 ジャーセム隊長はイスラム国のことを「ダーイッシュ」と呼ぶ。そして蛇蝎のごとく忌み嫌う。その理由こそが本作品のモチーフであり、隊員たちが隊長に従う動機でもある。

 街が戦場になるとはこういうことかと実感した。それほど市街戦は恐怖とリアリティに満ちあふれている。民間人がまだ住んでいるモスルの街は、爆撃する訳にもいかないから、人海戦術で兵士がダーイッシュと対峙するしかない。誰がダーイッシュかなどと見極めているヒマはなく、動くものがあればとりあえず撃つ。撃たれたら弾丸の来る方向をマシンガンで掃射する。
 角を曲がると撃たれるかもしれない。扉を開けると、窓から外を見ると、自動車で街を進むと、マシンガンで撃たれるかもしれないし、ライフルで狙撃されるかもしれない。しかし彼らは角を曲がり、扉を開け、自動車で進む。
 戦闘は唐突に始まり、唐突に終わる。確認すると仲間が死んでいる。泣いているヒマはない。戦闘が終わっても安全とは限らないのだ。ひとり、ふたりと減っていき、死んだ仲間の弾丸や現金などを持って、再び角を曲がり、扉を開ける。戦場はとてもリアルであり、恐怖であり、絶望的である。
 仲間の遺体は運べるときと運べないときがある。いつかきちんと埋葬することを念じて「アーメン」を唱える。「アーメン」はイスラム教でも使うので、彼らの宗教は不明だ。新人のカーワは「アーメン」を唱えなかったから、もしかしたら無宗教なのかもしれない。

 見え隠れする家族第一主義はやはりアメリカ映画だが、イラクの元警察官が登場人物の中心だけあって、作品に宗教色はあまりない。キリスト教を出せない分、イスラム教も出したくないのだろう。若いカーワは叔父が死んだからといっても泣かない。隊長から何故泣かないのかと聞かれても、わからないと答える。自分でもわからないからそう答えているのだ。このシーンは、イラクの若者が宗教からも家族第一主義からも離れているという精神性を示唆しているのではないだろうか。そしてその精神性にこそ、紛争が続く中東の平和の可能性があるのかもしれないと思った。

耶馬英彦