「ある家族の日記に徹した作品」帆花 バリカタさんの映画レビュー(感想・評価)
ある家族の日記に徹した作品
ドキュメンタリーは中立視点であるものの、作り手の意見が反映されても良いと思ってます。印象操作をして良いと言うことでは決してなく、事実を捉えた結果の意見を映像で提示するべきなんじゃぁないかなぁ?って。そう考えると本作はどうか?家族の記録映像という立ち位置をぶらさずに作り切ったところに監督の意思が反映されているのかな?って思いました。まさに「そのまんま」を映像にしています。本当に友達の家族のホームビデオを見た感じです。そこにあるのは「1つの家族の姿」なのです。
ですが僕は見ていて自分自身の中の考え方がすごく揺さぶられるのです。湧き上がる想いに自分自身を知る・・・そんな作品でした。「帆花ちゃんが脳死に近い状態」に対する僕の先入観や既成概念と映像内の家族の姿とのせめぎ合いです。
これはただのエゴじゃないか?
これこそが家族愛だ!
どうみても思い込みだろう?
これは愛の力だ!奇跡だ!
自己満足なんじゃないの?
違う!期限ある命と精一杯過ごしているだけ!
自分を認めたいから、そう思おうとしてるだけなんじゃないの?
いやいや努力の結果が映像になってるじゃないか?
帆花ちゃんは望んでいるの?
帆花ちゃんは喜んでいるじゃないか!
・・・とにかく、正と否が自分の中で駆け巡るのです。連続で駆け巡るのです。「こんな家族がいるんです」というそのまま、ありのままの姿を映すことの意味は、つまり自分が持つ生命への想いを知るためだったのではなかろうか・・・?なんて思っちゃいました。
あぁ、僕は自分の子供が脳死に近い状態だったら同じことをするのかな?家族愛ってなんだ?何なんだろ?・・・何ちゅうテーマをぶつけてくるんだ。しかし、その回答の一つを行動で表す家族の姿が本作。現実の一つ。このリアルに頭をガンと殴られました。でも、どう捉えるべきか・・・今でも悩む一本です。
けどね、帆花ちゃんの綺麗な瞳に映っている桜が、心の中にも咲いていることを願いたい。