「「日常」が想い出になる時」ちょっと思い出しただけ R41さんの映画レビュー(感想・評価)
「日常」が想い出になる時
あの頃…
幸せの頃というのはいつも後から思い出すしかないのだろうか?
コロナ渦 日常が非日常化し、やがてそれが日常となってしまった。
そんなつらい時期に思い出す「あの頃」
タクシーの客は極端に減少し、劇場はおろか映画館も封鎖され、仕事も練習でもできなくなったギタリストがタクシーに乗った。
客がトイレに行きたいと言うので劇場前にタクシーを停めた。
女性ドライバー野原葉 吸い寄せられるように劇場の中に足を入れてみると、舞台には一人で踊っている元カレ佐伯テルオがいた。
葉は、彼を見て「思い出す」のが、この物語となっている。
実際、あれからどれくらいの時が経ったのだろう?
想い出の時系列はバラバラだ。
葉は結婚して赤ちゃんもいる。
テルオとの出会いも、「明日の誕生日にプロポーズしようかな」といういつかの言葉も、嫉妬して花を捨てた時も、テルオの誕生日だった。
日常から非日常への変化
これがこの作品のテーマだろうか?
テルオのアパートにある家電製品はすべて昭和の臭いがするのは、彼は「変化したくない」という気持ちを強く持っているからだ。
ダンサーとしての時間は短く、頂点に立った瞬間老い始める。
怪我は命取り。
地蔵への祈りや毎朝観葉植物に水をあげることや、近所へのあいさつ…
これら日常のルーティーンは、願掛けと同じ。
でも、そんなものはダンスと一切関係ないこと。
表現者のテルオは言葉ではうまく表現しない。葉からのラインも2週間無視。
怪我とこの先のことを考えれば、葉とのことは2の次。
でも葉はそれを良しとしない。
勝手にタクシーで迎えに来て、自分の気持ちを伝えるが、会話は最後までちぐはぐで終わる。おそらくそれが、彼と会った最後。
コロナ前の劇場でのコンサートのリハーサル
あいさつしたギタリストに「どこかで会いませんでしたか?」 「知らない」
逆に、トイレから出てホールに行ってしまった現在のギタリストが「どこかで会いませんでしたか?」
テルオは「はい」と大きく頷いたのは、あの日輝いていたあなたを覚えていますという意味だろう。一瞬でも輝いた時があったリスペクトと共感が込められている。
客を待つタクシーは、あの時の彼女の会社のものではないが、このシチュエーションにあの頃と葉を重ね合わさずにはいられない。
テルオはいま幸せなのかどうかわからないが、あの頃の日常のローテーションをすべてやめたのだろう。輝いていたあの頃こそが、舞台で表現する者たちのすべて。
テルオは葉からの連絡が途絶えたから引っ越したのだろうか。
でもアパートの引っ越し先は、近所だろう。コロナによってすべてが否応なしに変わってしまった日常の中で、葉を待ちたい気分と再出発したい気分が交錯している。
あの妻を待ち続けていた男は、待ち続けて妻が戻ってきた。でも彼女は死んだ。だから月命日には必ずあの場所で妻を待っている。妻が帰ってくると信じたいのだ。
テルオは今でも悩み続けているのかもしれないが、まだカーテンもない部屋に朝日が差し込んでくる。これは「表現」だ。彼の心の表現だ。
さて、
変化は突如としてやってくる。
足の怪我 別れ 新しい出会い
誕生日とケーキは、変わらない象徴かもしれない。そこに様々な思い出があるのに変わった気がしない。
輝いていたころの思い出は、いつの間にかはるか彼方の出来事。
冒頭、葉はバブリーな21歳の誕生日を迎えた女性に「幸せ?」と尋ねられる。
この言葉に彼女はしばらく答えを出せない。
それは、今結婚して赤ちゃんがいることが幸せなのか、それとも自分自身をさらけ出してテルオと付き合っていたころが幸せだったのか、どっちかわからないと思ったからではないだろうか?
幸せとは、その時がそうであればそんな感覚を感じないのかもしれない。
いま幸せかもしれない場合、あの頃との比較はできない。そんなこともわからないまま人々は生きている。
「人生プラン」はおろか、「明日」さえもわからないというのが真実だ。
「愛とは?」
スナックのマスターはそれらしくいうが、葉にはよくわからない。
マスターからもらった「吹き戻し」のおもちゃ
テルオの誕生日プレゼントだと言って渡したこと。バイト先の水族館。些細な幸せ
すべてが、これから明日もその先もずっと同じように続くと思っていた。
そんなことがあったのを「ちょっと思い出しただけ」
それを思い出して買って帰ったケーキ
元カレの誕生日の次の日という何でもない日に食べることにする。
この何でもない新しい日が、新しい思い出になるのだろう。
セリフらしいセリフが少ない考えさせられる作品。
素晴らしかった。
おはようございます。
なんか恥ずかしいレビューです。
3回も観たのに勘違いしてて・・・。
テルオと葉は別れてて、別の男性の子供がいるんでしたね。
誕生日が何度も来るので、混乱してしまいました。
松居大悟監督なのですね。
さすがR41さん!!
素敵な映画。