「その疑問、遡ってお答えします」ちょっと思い出しただけ つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
その疑問、遡ってお答えします
ある程度歳を重ねると過去を振り返る瞬間というのはあるだろう。あのときは楽しかったなとかそういうことを。
場合によるだろうが、それは後悔のようなものではなく、本当にただ思い出すだけ。変わってしまった現状ではもう経験出来ない単なる思い出。
本当に「ちょっと思い出しただけ」なのだ。
照夫の誕生日を一年づつ遡る形で物語は進む。先に見せられていた現状が、どうしてそうなったのか後で分かる仕組みだ。
すでに別れてしまっているカップルの過去であるから、遡るほどに明るく関係も良好になっていくところが面白い。恋愛ものの作品であれば、ハッピーエンドか別れて終わりの基本的には二通りしかないが、それをぶっ壊すような仕掛けなのが興味深い。
とはいえ、すでに別れてしまっている二人にハッピーエンド感があるのかといえば、それはまた違った話になるが。
すでに書いたように、先に見せられていたものが後に分かる仕組みが面白いわけだが、逆にいえば先に見ていたものをちゃんと覚えていないと楽しめない可能性がある。なので2回観るのがオススメかもしれない。
例えば、バレッタ。それはなにかと聞かれた照夫が「バレッタ」と答えた。この段階では彼女の忘れ物かと思うし、バレッタなんてよく名前知ってたなと思う。
一年遡り、バレッタを使っている照夫の姿。お前が使ってたんかいとツッコむし、自分で使ってたんなら名前知ってても不思議じゃないかと思う。
更に一年遡り、誕生日プレゼントだと葉からバレッタをもらう照夫。そして、何これ?と照夫は問い葉は「バレッタ」と答えた。
多くの男性は名前を知らないだろうバレッタをよく知ってたなという観る側の疑問に2年遡って答えてくれる仕組みなんだ。
バレッタだけでもドラマがあるんだからこの作品に詰められている隠された緻密さはなかなかのものである。
照夫が照明の仕事に身が入ってないと書いているレビューアーさんがいくつか下にいるけれど、別に身が入ってないわけではないんだな。一年遡れば照明の仕事を始めたばかりだと分かるから。
つまり、なんかいい加減な仕事してんなと思う。遡り、始めたてだったと分かり、本当に失敗しただけなのだと分かる。加えてダンサーとして挫折したばかりなのだとも知る。
つまり照夫が照明係としてやる気がないように見えるのは仕掛けなのだ。やる気がないのではなくまだ未熟なだけ。
作中で5年かな、それくらい時間が進むが、主演の二人以外にも幾人かの登場人物の変化も見所だと思う。
よくなった人、悪くなった人、あまり変化のない人、と、様々に描いたのもいい。
あとは、照夫の誕生日の一日だけしか描写されないので、想像力を必要とする余白が多いのもいい。例えば、二人が別れた日も付き合い始めた日も描かれない。永瀬正敏演じる公園の男の妻が亡くなった日も描かれない。この日とこの日の間で起こったのだと想像するしかない。
想像は最大に美化することもできるし最大に悲観的にすることもできる。この余白の多さは魅力だ。
変わっていく照夫と葉の状況、心情、心境を好きに埋められるわけだ。つまりこの作品が面白いかどうかは観る側の想像力にかかっているともいえる。