「恋の切なさに加えて、人生のやるせなさも感じさせてくれる」ちょっと思い出しただけ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
恋の切なさに加えて、人生のやるせなさも感じさせてくれる
なんとも切ない作品である。切なさという感情をそのまま物語にしたみたいで、観ていると胃のあたりがだんだん重くなってくる。泣きたいのでもなく叫びたいのでもなく、ただ悲しくて淋しくて苦しい、つまり切ないのだ。
と言う訳で、本作品の池松壮亮と伊藤沙莉の主演ふたりの芝居に心を持っていかれてしまった。芸達者同士の掛け合いは見事のひと言に尽きる。誕生日を一年ずつ遡るプロットがとてもいい。恋愛映画の新しい形かもしれない。
十代後半以上なら、どの年代にも向いている作品だと思う。恋の予感や恋のはじまりは人を幸福感に浸らせる。そして恋の思い出は常に鮮烈で、いつまでも色褪せない。思い出すたびに魂が揺すぶられる。だから本作品は、青春に限らず、朱夏でも白秋でも玄冬でも、どんな歳の人にも訴えかけるものがある。
松居大悟監督の脚本は明治の文豪の小説のようだ。難しい言葉や言い回しがひとつも出てこないのに、内容は深い。主演のふたりには逆に難しい脚本だったと思う。簡単な言葉で複雑な感情を表現しなければならない。松居監督の演出も厳しいものになった筈だ。しかし池松壮亮も伊藤沙莉も、努力の跡さえ感じさせない自然な演技で、脚本にも演出にも完璧に応えてみせた。
日常的なシーンばかりの映画だが、恋の切なさに加えて、人生のやるせなさも感じさせてくれる。素晴らしい作品である。
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