劇場公開日 2022年2月11日

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「たくさん思い出しました」ちょっと思い出しただけ おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0たくさん思い出しました

2022年2月11日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

幸せ

ノーマークの作品でしたが、大好きな伊藤沙莉さんが主演ということで鑑賞してきました。彼女の魅力が十二分に感じられるだけでなく、男女問わず共感できるところの多い、心にじんわりと染みる作品でした。

物語は、かつては恋人同士だったが今は別々の道を歩む、舞台照明の仕事に携わる男性・照生とタクシー運転手として働く女性・葉が、当時の思いや出来事を思い出すという、ただそれだけのもの。言葉にすればシンプルですが、映像的には現在のシーンから少しずつ時間を遡っていく、おもしろい構成になっています。

序盤は、照生と葉の生活が並行して描かれるものの、そこに接点もなければ大きな事件が起きるわけでもなく、何が描かれているのかよくわかりませんでした。そのうち、象徴的に何度も描かれる照生の部屋のデジタル時計の日付が、いつも7月26日であること、でも曜日が異なっていること、その後の人物の言動、周囲の小物や雰囲気から、時を遡って描かれていることにようやく気づきました。

この定時観測的な手法は、「弥生、三月 君を愛した30年」とよく似ていますが、本作では時間を遡ることで、二人のすれ違い、幸せの絶頂、告白、出会いと、原点をたどるような構成になっているところがおもしろいです。一方で、観客は現在の二人の関係がわかっているだけに、スクリーンに映る幸せそうな二人の姿が逆に切なく見えてきます。

また、思い出の中の二人のやりとりが、そのままそれまでの伏線を回収するような仕掛けになっているところも興味深かったです。バースデーケーキ、水族館、お地蔵さん、妻を待つ男など、物語の展開に合わせて、現在につながる意味がわかるようになります。中でも、ラスト前のタクシーシーンで、スマホの待ち受けが満天の星空なのに、フロントガラスから見える東京の空がとても暗かったのは印象的でした。そして、違う場所から同じ朝焼けを見る二人。そこからのタイトルバック。「ああ、そうだった、タイトルは『ちょっと思い出しただけ』だった」と、こちらも思い出しました。

人は誰しも、ふとした瞬間に昔を思い出し、ノスタルジックな気分になったり、改めてほろ苦さを噛みしめたりすることがあると思います。しかし、その思い出や経験はそのとき限りのものではなく、今の自分を形づくることにつながっているはずです。本作を通して、自分も昔のことをちょっとどころか、たくさん思い出しました。

主演は、池松壮亮さん、伊藤沙莉さんで、この二人がとにかく素敵でした。演技とは思えない、あまりに自然な二人の関係は、どこにでもいる恋人同士そのものです。だからこそ、観客も自身の思い出とオーバーラップし、スクリーンに引き込まれるのだと思います。伊藤沙莉さんがますます好きになりました。

おじゃる