「自然の中の食日記」土を喰らう十二ヵ月 KeithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
自然の中の食日記
笑いも泣きも、手に汗握ることもない、盛り上がりが全くない。にも関らず、最後までスクリーンに引き寄せられる。愉悦も歓喜も感動も、つまり何ら感情を昂らせてくれなかったにも関わらず、映画館を出た時に清々しく豊潤な満足感に包まれ、日本人で良かったという思いが自然に湧き上がってきました。
本作は、幼い頃に禅寺で精進料理を学んだ作家・水上勉が、その記憶をもとに一年にわたって季節の野菜を自ら調理し、料理と日本の食文化について思いを巡らせたエッセイ本を脚色して映像化したものです。従いそもそも“物語”になっておらず、恰も滾々と流れる水のように、沢田研二扮する主人公の作家・ツトムの一年に亘る自然と共生する日記、それも誰でも一日三度摂る“食”を記録した、いわば“映像食日記”です。
当然、映像はツトムの一人称で描かれ、ツトムの視野のみで展開します。
食材は、庭の畑や近くの山や川で獲れたものや自家製の漬物を、塩、砂糖、醤油、味噌で味付けして仕上げられ、質素で見栄えはしませんが、しかし、一つ一つに手数を掛けていて、誠に豊かでぜいたくな食生活です。
太陽と水があれば、人は如何ようにも生きていける。寧ろ、自然に己を投げ出し、委ねることで生きる、その清らかさ、その美しさ、その尊さを切々と訴えます。
一年を二十四節季に区切ってその時々のツトムの食を描いていきますが、四季の変わり目にはBGMにアルトサックスのやや甲高いバラード調旋律が響き、冬から春、春から夏、夏から秋、秋から冬への気候の変化、そしてそれに伴って変わっていく食を象徴的に奏でます。日本の四季の華麗で鮮やかな変化が、強く印象づけられました。
ここは管弦楽器では荘厳過ぎ、ピアノでは優雅過ぎ、況してやテナーサックスでは完全にジャズになってしまい、本作には似合いません。
またツトムと松たか子扮する編集者の真知子が二人並んで食事する、やや引いた固定カメラのカットの長回しが所々に挿入されます。殆ど会話や動きのないシーンですが、特に冒頭のシーンは、その静謐な中で物言わず互いの感情が滲み出てきて、嘗ての『駅 STATION』(1981年)の、高倉健と倍賞千恵子が雪の大晦日に紅白をテレビで見ながら銚子を酌み交わすシーンに匹敵する名シーンであるように思えました。
自然の中で自然と共生した生活のようですが、よく見るとあるがままの自然ではなく、人が引き寄せ人の手を加えて食しています。
実は、これこそが、世界遺産に認定された「和食」の原点ではないかという思いに至りました。