劇場公開日 2022年11月11日

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「勉さんは 扉を閉めないのですよ」土を喰らう十二ヵ月 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0勉さんは 扉を閉めないのですよ

2023年1月3日
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鑑賞方法:映画館

北アルプスのふもとの映画館に行きました。地元で撮られた映画です。

勉さんは 扉を閉めないのです。

信州白馬。
雪が積もっています。
勉さんは玄関を出て、庭の雪囲いの里芋を調達に行く。扉は閉めない。
雪を掘って大根を収穫する。扉は閉めない。
誰かが白菜を届けてくれた。戸はあけたままで手を合わせる。
チエさんの小屋を訪ねる。ここでも勉さんは玄関の戸は閉めない。開け放ったままだ。

寒い禅寺で育ったゆえに彼は寒さは平気なのだろうか? お行儀が悪いのだろうか?
囲炉裏ひとつ、かまどひとつの昔の家だ。その室内に冬の冷気が入り込んだって、彼はお構いがないのかもしれないが、
【この映画では印象的に 必ず扉が開いたままにされるのだ】。

なるほど、人間の生活の場と畑とが開け放った空間で繋がっている映画。
そして妻の死と義母の死と 自分の心筋梗塞の入院で、命の扉とあの世の扉は繋がっていて、そこは開いていたのだということを、勉さんが、その様子で教えてくれる。

「生まれてくれば死ぬのは当たり前なのに」
「死ぬのが何故怖いのかを独りで考えてみたい」と語る74歳 沢田研二の表情の長映しが、またすごく良いのだ。

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禅寺そだちの勉さん(沢田研二)が
道元禅師の言葉を唱えながら
ほうれん草の根を洗う。
キュウリを漬ける。
筍を掘る。
豆を撒く。
米を炊く。
そういう映画です。
一世を風靡したあの大スター・ジュリーをしょぼい老人役として起用してくるとは、この企画には驚きです。

お正月の映画館は中高年でいっぱいでした。

”映画館での雑音問題”は当サイトでもしばしば俎上に上がりますね。今回僕の近くの席に陣取った御婦人お二人も
いちいちスクリーンに相づちを打ったり、「あらあら」と応えたり、「水は冷たいはずよ」「まあ、あれを見て」と囁き合ったり返したり・・
でも彼女たちの声が今日はそんなに嫌じゃなかった。
ジュリーと同年代の、老年期を共に生きる者同士の、スクリーンのこちら側とあちら側との素朴な共感と相づちに感ぜられて、小声で話し続けるおばちゃんたちと僕は、なんだか一緒に映画を楽しめたのです。
そしてあの「大きな遺影」やら「かっこ悪い巨大な棺桶」やら、みんなで爆笑も出来たしね。
ほら、信州の女たちはみんな、味噌や野沢菜は自分で作るのが普通なんですよ。だからあの祭壇に並べられていく御供物の「手づくり味噌」、「手づくり漬物」、「手づくり農産物の数々」に客席の我々は共感ができて、頷けて、胸が熱くなるのです。
出演者と観客の境の扉も開いたのですね。

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滋味深い俳句があるのです、
それは、生きて・畑を耕し・野菜を食べて・命を終える、
その姿を五·七·五でこんなにも端的に謳った句が。

大根褒め
悔やみの客の入り来たり

(だいこほめ くやみのきゃくのいりきたり)

今となっては作者がどなただったか存じ上げないが、
その農家のおじいさまかおばあさまかが亡くなったのだろう。
お宅への道はその大根畑。
近所の人たちが立派に手入れされた畑の中を通って、喪中の家の母屋の玄関を開ける。
開けたままで振り返って指を指し、遺族と挨拶が交わされる。働き者だったことがよくわかる。
大往生なさったに違いない・・という句。

思い出したこの俳句も、今日のこの映画も、
人間の生と、死と、畑とが、直通している秀作でした。

勉さんは開け放った入り口をくぐり、窯業の窯と火葬場の釜の間を生きつ戻りつして考えます
生きるとは、死ぬとは。

水上勉の自伝的小説。

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付記:
この映画は中江裕司監督との嬉しい再会でもあった、

24年前に「ナビィの恋」でおばあ=平良とみさんを青い海原の彼方に解き放った監督は、
今作品では、見事に年を取ってくれた沢田研二を美しい里山へと還してくれた。
京都出身の沢田にとっては、あの和食への傾倒や、素材の香りへの郷愁は身に覚えがあるはずだ。

高齢者との同居の経験がおありなのだろうか、シニアの中にふつふつと息づく本能の疼きと命の呼び声を、この若き監督はなんとも温かく見守り、みずみずしい観点で描くのだ。

前作「ナビィの恋」以来どうしているのかと心に覚えていた中江監督が、こうして脚本及び監督と二足のわらじを続けてくれていて、若者と老人を繋ぐいい仕事をしてくれていたことが、62歳、初老の僕は何だか嬉しくてたまらない。

観て良かった。

(お正月映画第一弾)

きりん
近大さんのコメント
2023年6月13日

食やスローライフだけだったらよくありますが、禅の教えや生死観が作品に深みを与えていますね。

近大
琥珀糖さんのコメント
2023年5月13日

大変失礼いたしました。
添えられていた短歌を、俳句と間違えました。

「ブータン 山の教室」
精進料理が、登場する映画なのですね。
配信にありましたので、近々、観ます。
(それではお詫びまで)

琥珀糖
琥珀糖さんのコメント
2023年5月12日

コメントそして共感ありがとうございます。
添えられた俳句、とても綺麗で心あらわれるようでした。
本当に素敵にお過ごしなのですね。

そんなにシュリーファンのおばさま達が多数詰めかけたのですか。
レビューもファンの方が多数寄せられていますものね。

とても美味しそうで羨ましくもありましたが、卵(品不足ですが、)も、肉も魚も食べないのは、ちょっと寂しいですね。

琥珀糖
きりんさんのコメント
2023年4月2日

チエさん=奈良岡朋子
2023.3.23.逝去。
映画と共に去って行かれた。

きりん
NOBUさんのコメント
2023年1月4日

おはようございます。
今年も宜しくお願いいたします。
この作品はきりんさんのご自宅の比較的近くで撮影されたのですね。
品のある善き映画でしたね。
今年もよい映画に沢山出会えますように。(お互いに)では。

NOBU