「スロームービーの秀作」土を喰らう十二ヵ月 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
スロームービーの秀作
小説家の水上勉が書いたエッセー「土を喰う日々ーわが精進十二カ月ー」を題材に、監督の中江裕司が物語化した映画でした。沢田研二演ずる主人公のツトムは、13年前に妻を亡くし、以降北アルプスを臨む長野県白馬村の山奥の一軒家で一人で作家生活を続けており、松たか子演ずる真知子は、ツトムの担当編集者兼恋人という役回りでした。
ツトムは子供時代に寺に預けられ、僧侶になるための修行をしていた経験を活かし、食べるものは精進料理や山菜料理を自作し、その食材も自分で栽培した野菜や野山で採集する山菜やタケノコが基本。電気や電話は一応通っているものの、月明かりで原稿を書き、ご飯もかまどで炊くなど、生活様式としては明治後半から昭和初期頃と思えるスタイルでした。最近のんびりと田舎暮らしする「スローライフ」という言葉を耳にするようになりましたが、ツトムの生活は文明の利器を極力使わないため、一般の「スローライフ」のイメージとは全くかけ離れた生活でした。しかも恋人の真知子はたまに訪ねて来るものの、基本は飼い犬の「もも」と暮らす一人と一匹の生活。映画の中では、畑に蒔いた種が鳩に食べられてしまうという程度の話しか出て来ませんでしたが、実際こうした自給自足生活をしたら、水害、雪害、風害、虫害などなど、途轍もない艱難辛苦が襲い掛かってくることが容易に想像され、とても真似出来るライフスタイルと思えるようなものではありませんでした。
ただ、物語全編を通して出て来る北アルプスの絶景や、野山の美しさ、そして何よりもツトムが作る精進料理、山菜料理を見るにつけ、強烈な郷愁をそそられることだけは間違いないところ。自分では出来ないけれども、間違いなく憧れる対象ではあるように思えました。
また、こうした外面的な部分もさることながら、結論を出さない物語展開も良かったように思います。映画全編を通して、ツトムの語りにより物語が進んでいくのに、真知子がツトムに投げかけた「奥さんのお骨はどうするの?」という質問に答えないツトム。観客は、既にツトムが奥さんとお義母さんのお骨を近くの池(湖?)に散骨したことを知っている訳ですが、何故かこの事実を伝えない。この時のツトムの心境はどうだったんだろうと考えさせてくれる創りは非常に印象的。
また、ツトムが自分から真知子に結婚を申し込んでおきながら、真知子がその気になると断るツトム。この心境は、何となく理解できるようにも思えるのですが、それに対して「私結婚することにした」と言ってツトムに別れを告げる真知子。実際に結婚するのかどうかは映画の中では語られていませんが、その後の2人の成り行きも気になるところ。
微に入り細を穿った説明を求められる時代だけに、こうした結論を出さない展開、逆に言えば余韻を楽しめる映画が減っている中、本作を観ることが出来たのは幸せだったかなと思えました。そういう意味では、結論を急がない、言わば「スロームービー」の秀作だったと言えるかと思います。
俳優陣は、沢田研二が何よりもいい味を出してました。TOKIOを歌ってた頃のジュリーからは想像も出来ない老成ぶりには、敬服するしかありません。エンディングテーマの「いつか君は」も沢田研二でしたが、透き通った歌声が染みわたりました。これを聴くとやっぱりジュリーはジュリーだなとつくづく感じたところです。
また、面倒なことをツトムに押し付けて来る義妹役の西田尚美と、その夫であり常に尻に敷かれる尾美としのりの夫婦役も、本作で唯一出て来る敵役を上手に引き受けていました。特に西田尚美は、ドラマ「相棒」でもサイコパスの犯罪者役をやっていましたが、こういう嫌われ役をすると本当に光りますね。
ただちょっと残念だったのは、映像がそれほどクリアではなかったこと。最近観た映画だと、話の内容は全く異なりますが「秘密の森の、その向こう」が、フランスの田舎の季節の移り変わりを高精細の映像で描いていて、非常に印象的でした。日本が誇る大自然や色合い豊かな食材を題材にしているのですから、本作も高精細カメラを使っていれば、より素材の良さを活かせたのではないかなと、素人ながらに感じたところでした。