「かつてない忘れえぬ映画体験となった」あのこと 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
かつてない忘れえぬ映画体験となった
映画芸術の最も素晴らしいところは、自分にとって未知なる世界を垣間見せてくれる点だと思う。その意味で本作は衝撃的だった。男性の僕がいま、スクリーンに映し出された可憐なヒロインと秘密を共有し、徐々に増していくお腹の膨らみを感じている。そして彼女の「出産しない」という決断を叶えるにあたっての長く過酷な道のりに寄り添っている。かつて映画を通じてこんな視覚的な経験を生きたことがあっただろうか。印象に刻まれるのは、人にはなかなか打ち明けられない悩みを抱えた彼女の押し黙った表情。それにもかかわらず常に眩く射し込んでくる陽光。両者のギャップは一見すると残酷なようにも思えるが、ふと僕にはこの陽光が原作者アニー・エルノーが若き日の自分に向けて注ぐ一つの励ましの眼差しのようにも感じられた。と共に、本作は決断の重さを描いた物語でもあり、エルノーの忘れえぬ記憶や痛みがここには強烈なまでに焼き付けられているのである。
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