劇場公開日 2021年11月19日

「「犬の力」という呪縛」パワー・オブ・ザ・ドッグ andhyphenさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「犬の力」という呪縛

2021年11月3日
iPhoneアプリから投稿

東京国際映画祭にて。
今年のヴェネツィア国際映画祭、銀獅子賞受賞作。
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を直訳すると「犬の力」なんだけれども、旧約聖書に収められた詩篇から取られているそうだ。
ベネディクト・カンバーバッチの兄とジェシー・プレモンスの弟。基本はイケてる兄と地味な弟という構図である。兄フィルはなんでもできるが、できない(と判断する)人間に嫌悪感や侮蔑を隠さない、高圧的ないけすかない野郎として登場し、対する弟ジョージは気弱で地味(そして恐らく頭もあまりよくない)。ところがこの兄弟、ひとつベッドで眠るのである。極めて近しい距離感。兄が弟を探す様は、ある種の依存にも見える。
この兄弟は複雑な兄と単純な弟という見方もでき、その弟が複雑な未亡人ローズと結婚することで兄弟の間に軋轢が、というか兄の猜疑心が静かに爆発するのである。小説の解説によればそれこそが「犬の力」であるそうだ。
そういえばキルスティン・ダンストは現実でもジェシー・プレモンスと夫婦なんだよな..,。
閑話休題。
さて物語はここから兄弟の葛藤になるかと思いきや、ローズvsフィルの心理的圧の闘いとなる。
この物語でいちばん動きが読みにくい人物がキルスティン・ダンストのローズ。わかりやすいように見えながらその奥底が謎、恐らくいちばん複雑怪奇なものを抱えている。登場時と後半で全然印象が変わる人物でもある。
そして後半はフィルと、ローズの息子ピーターとの複雑な関係性の物語になる。
中性的で「お嬢さん」と嘲られるピーターとあるきっかけで近づくフィル、そして大団円…とは勿論ならない。
後半は前半に緻密に配置された意味ありげな伏線を、極めて曖昧な形で解いていく展開。そして名前しか出てこないくせに呪縛のような存在感を放つ「ブロンコ・ヘンリー」。登場人物全てが抱える抑圧と支配。そして「障害物」。
原作を読めていないからわからないのだが(8月に角川文庫から出た。映画化に合わせたのだろう)、この結末の意味を考えたとき、救いなのか、怨嗟なのか、愛なのか、ものすごく色々と考えてしまう。
ジェーン・カンピオン監督は物語の背景を説明的に描写しないまま断片で示していて、極めて映画的ながら読み解きを難解にしている。だからこそ何回も、色々なシーンの意味を思い返して考えてしまうのだ。ものすごく余白に満ちた物語で、それぞれの捉え方がその人物を表してしまうような。試されている気がした。
正直ベネディクト・カンバーバッチにあまり興味を持っていなかったのだが、本作では極めて複雑な男を見事に演じのけていたと思う。原作だと「快活で賢い」という描写らしいが、一貫して影のある表現だった。ピーター役のコディ・スミット=マクフィーの表情の読めなさも素晴らしかった。

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