「ツチヤが笑わせたい人は」笑いのカイブツ つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
ツチヤが笑わせたい人は
岡山天音演じる主人公ツチヤの笑いにかける情熱は、狂気の人と形容してもいいほどだ。
彼はどうしてそこまでして笑いに全力なのだろうか。その理由はラストシークエンスであっさり明らかになる。
観ている最中は、人とのコミュニケーションをうまくとれないツチヤが、徐々に人間らしくなっていく物語かと思っていた。
中盤を過ぎ、終盤に差し掛かると、もうこれツチヤ死んじゃうしか終わり方なくない?と考えた。しかし原作がツチヤ本人であることを考えてもツチヤは生きてるよなとか、余計な勘繰りまでしてしまった。
結局、メタ的にツチヤは死んだ。そこはうまくやったなと感心する。死ぬしか残されていないエンディングで、一応死んで、というか死ぬような行為をして、あっさり生きて、あっさりと本当のツチヤの望みを果たす。
ツチヤが笑いにかけていたのは笑わせたい人がいたからだ。それは彼の母親だ。
コミュニケーション能力不足なのは母親に対しても同じだ。でもツチヤは母親の幸福を望んでいたのだろう。まあそれは普通の感情だ。そんなツチヤが母親に対してしてあげられることは笑わせること、笑顔にすることだった。
父親は不在のようで、生活も楽ではなさそう。母親は母親で自由に過ごしているようではあるが、ツチヤと母親は互いに遠くから眺め合うような見えにくい絆で繋がっていたように見えた。
死んだとツチヤが言うと、オカンは笑った。アンタなに言ってんの?と。
ツチヤは笑わせるつもりはなかった。しかしオカンは笑った。
狂気に落ちてまで求めた笑いなどオカンには必要なかったのだ。ツチヤの「しょーもな」というセリフはこの作品の中の最も皮肉の効いたコメディセリフだったかもしれない。
そこから火がついたようにツチヤは描き始める。おそらくこの作品の原作を。
ある意味で間違い続けた生き方を修正しようとする情熱に見えた。
気の利いた良い終わり方だった。
ツチヤを演じた岡山天音はもちろん良かったのだけれど、ピンクを演じた菅田将暉が良かった。大事な場面を締める重要な役どころで、居酒屋で怒鳴る場面は作中最も良い瞬間だったかもしれない。
見所として一瞬のきらめきをみせる作品というのは良いものだ。菅田将暉はそれを創出した名演だった。
