「君は独りじゃない」ディア・エヴァン・ハンセン sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
君は独りじゃない
鬱病を患っているエヴァンはセラピストからの課題で一日に一度、自分宛に「ディア・エヴァン」で始まる自分を励ますための手紙を書いていた。
エヴァンはどうやら木登りから落ちたらしく、腕をギプスで固定していた。
エヴァンは同じ学校に通うゾーイに密かな恋心を抱いているのだが、ゾーイの兄であるコナーも精神を患っていた。ある日、コナーはエヴァンの腕のギプスを見てそこに自分のサインを書く。
そして精神が不安定なコナーは、エヴァンが自分宛に書いた手紙の内容に逆上し、そのまま手紙をエヴァンから取り上げてしまう。
後日、学校で呼び出されたエヴァンは、コナーの両親から彼が自殺したことを知らされる。
コナーの手元にはエヴァンが自分宛に書いた手紙があったのだが、両親はそれを息子が親友宛に書いた遺書であると勘違いしてしまう。
本当のことを言い出せないエヴァンは、善意からありもしないコナーとの思い出話を作り出して、両親とゾーイの心に救いを与えようとするのだが、それが思わぬ事態を引き起こしてしまう。
全体的に暗いトーンの作品だが、音楽がそれを和らげている部分はあった。
ミュージカルは辛い現実を歌と躍りで一瞬にして幻想的な世界に作り替えてしまう力がある。
しかしこの作品は少し趣向が違った。主人公が歌い出すと、他のミュージカル作品ならアンサンブルが主人公の夢見る世界を形作る役割を果たすのだが、この作品では歌を歌う登場人物以外は現実の時間をそのまま生きていく。
もし自分が明日いなくなっても、誰か気づいてくれるだろうか。
エヴァンは常に孤独と戦い続けている。
それはミュージカルの世界でも変わらないのだ。
歌が現実を幻想的なものに変えてくれるのは、エヴァンがコナーとの嘘の思い出を語る時だけだ。
たとえ嘘だとバレた時、多くの人の心を傷つけることが分かっていたとしても、目の前の人の心を救うために善意でついた嘘は、残酷な現実よりもずっと真実に近いのではないかと思った。
エヴァンがスピーチで語った言葉は多くの人の心を動かす。
どれだけ孤独でも、君を見つけてくれる人は必ずいる。
これは決して綺麗事ではなく真理である。
この作品が心に刺さったのは、エヴァンのような心に病を抱えている人間だけではなく、大抵の人間がどこかしら心の中に孤独を抱えているからだと思った。
そしてどんな人間でも必ず一人は寄り添ってくれる者がいる。
どんなに悪いところがあっても、どうしても嫌いになれない人間は誰でも一人や二人いるだろう。
メッセージはとても刺さるが、いかに善意とはいえ、嘘をついてしまったことで徐々に自分を追い込んでしまうエヴァンの姿は観ていて辛い部分もあった。
そして今の世の中が、スマホの操作ひとつで世界と簡単に繋がってしまう怖さ、そして不特定多数の悪意にさらされてしまう怖さを改めて思い知らされた。
一度口に出した言葉と同様に、一度投稿してしまった書き込みは消すことが出来ない。
とても辛い現実を、決して美化することなくありのままに突きつけられる作品だが、観終わった後には不思議と勇気をもらったような気がした。
主演のベン・プラットを始め、キャスティングはどれも最高だった。特にアラナ役のアマンドラ・ステンバーグが印象的だった。
そして楽曲はどれも最高。
舞台版の演出は知らないが、忘れられないミュージカル作品のひとつになった。