「個人的には『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』より心打たれた」ディア・エヴァン・ハンセン スモーキー石井さんの映画レビュー(感想・評価)
個人的には『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』より心打たれた
この作品は切ないラブロマンスでも実業家のサクセスストーリーでもない。
どこにでもいる等身大の人間が描かれたヒューマンドラマだ。
ミュージカル映画なので、軽快なダンスと魂のこもった歌声はもちろんなのだが、
ストーリーは現代人が抱える様々な問題をリアルに描いていると私は感じた。
あらすじにもある通り、自己変革したいと願いつつも今までの経験から自分にブレーキをかけてしまういわゆる陰キャの高校生がひょんなこと(完全なとばっちりなのだが)からある同級生の行動と自死をきっかけに持ち前のやさしさと嘘も手伝って学校でもSNS上でも日向の世界へと駆り出される。
そして、嘘と偽りの自分と引き換えに渇望していた幸せを手に入れるのだが、当然のことながら事態はそう思い通りにはいかない。
本作では現代社会の問題が所々に散りばめられている。
自覚はあっても醜い自分を受け入れることができずに意識的にあるいは無意識的に孤独を感じている登場人物たち。
成熟社会が生み出すコンプレックス、精神疾患、薬物依存、自殺。
一番よりどころとなるはずだったコミュニティが片親であることによる貧困や裕福さゆえの機能不全に陥っている様。
そして何より深刻なのは時には称賛、時には中傷といった猫の目のように変わる集団心理を体現し、標的を振り回すSNSによる功罪だ。
主人公や主要登場人物はこの作品をとおして時に溺れかけながら、そして時に癒されながら渦の中を泳ぐ。そして、もらい事故とはいえすべての原因を作ってしまった主人公は実母の支えもあり、けじめある行動とともに壊れた自分を受け入れ、前に進める人間へと成長する。
私には主人公エヴァンのような行動はできない。というか気づいた頃にはだいぶおっさんになってしまっていた。
今日も壊れた自分を他人として扱い、自分を欺く。
所詮、今となってはロスタイムみたいな人生。それでも向精神薬と睡眠薬をのみ干しながら、
這いつくばる。
己のたった今までの愚かさを恥じ、人とのつながりの虚しさに落胆し、社会の不条理に憤り、
呆れている。
今までの人生もそしてこれからの人生も全て無くなって欲しいと思っていた。
ただ、そんな自分でもこの作品は境界線を越えない多少の抑止力にはなってくれた。
煙たがられ野郎である親愛なる自分にこの作品がみれたこの一日は最高だったと手紙を送りたい。