「どうにもならない駄作」ブルー・バイユー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
どうにもならない駄作
冒頭から嫌な予感がした。タトゥーについては趣味の問題だからとやかく言うつもりはないが、就職面接で正直に答えない態度は不誠実である。まるで商品の欠陥を隠していいところだけを宣伝する悪徳商人みたいだ。バイクを盗んだ前科のことを傷害罪じゃないと主張する。そんな言い訳が通じると思っている頭の悪さ。だったら傷害罪の前科者は殺人じゃないと主張するのか。殺人の前科者は、ひとりしか殺していないと主張するのか。バカが全開である。貧しいことを強調するにも別の方法があったと思う。
いくらバイクを盗んだ前科が後のシーンに繋がるとはいっても、こんなに主人公の印象を悪くする理由が理解できない。もしかするとジャスティン・チョンは、このシーンで主人公の印象が悪くなると思っていないのかもしれない。だとすれば、驚異の倫理観の持ち主だ。
主人公アントニオ・ル・ブランは最初の印象のとおり、ろくでもない行動を繰り返す。子供がいるのに煙草を吸ったり、勝手に学校を休ませてどうでもいい時間を過ごさせたりする。見苦しいし、カッコ悪い。観ていて胸が悪くなる。
確かにアメリカ政府の外国人に対する国外退去の強制は、人権侵害そのものだ。長期にわたって築き上げた財産や人間関係を取り上げて、謂わば異国の地に放り出す。無実の人に死刑宣告をするような悪行であり、悪政である。そこを描きたいのであれば、主人公を善人にして観客に感情移入させるのが王道である。そうすれば観客は、なんて酷い制度なんだと、怒りを共有するだろう。
しかしアントニオの素行の悪さを考えれば、自業自得なのではないかと思ってしまうし、処分を告げられてからの行動は、日本人の当方から見ると、諦めが悪いとしか言いようがない。弁護士費用が捻出できないなら、SNSで訴えることもできた。通行人を触りながらタトゥーの売り込みをするのは場合によっては訴えられるだろうし、おぞましい振る舞いである。頭が悪いのか。その後の行動には呆れ返った。
どうしてイリーガルな行動で家族を苦しめるのか。幼い頃の虐待の思い出があったとしても、それは一生胸のうちにしまっておくべきで、虐待の記憶を家族に共有させて家族までも苦しめるのは野暮だ。粋じゃない。妻に問い詰められると、お前は何もわかっていないと言う。この独善的な価値観は、はっきり言って気持ちが悪い。観客はアリシア・ヴィカンダーが演じた常識的な妻には感情移入できても、アントニオにはまったく共感できないだろう。自分のことしか考えない幼稚な精神性である。
水溜りにオートバイで突っ込んだら引き上げるのは難しい。なのに翌日にはオートバイを売っている。そもそもオートバイを売ると言って妻の反応を見るのが鬱陶しい。子供が駄々をこねているみたいだ。先に売ってから報告すればいい。
思い切りが悪く諦めが悪く素行が悪く頭が悪くて独善的という、どうしようもないアントニオが、美しいアメリカ人女性に愛されているのが一番の謎である。きわめて不愉快な主人公を見せられたあとで、テロップで退去強制の事実を羅列されても、白けるばかりだ。どうにもならない駄作である。