劇場公開日 2022年9月16日

「【78.3】沈黙のパレード 映画レビュー」沈黙のパレード honeyさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5【78.3】沈黙のパレード 映画レビュー

2025年7月21日
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映画『沈黙のパレード』は、東野圭吾の緻密な原作を基に、西谷弘監督が「ガリレオ」シリーズの劇場版として映像化した意欲作である。その物語は、法では裁かれない悪への積年の恨み、そして愛する者を守るための複雑な隠蔽と計画が交錯する、多層的な人間ドラマとして構築されている。作品全体として、ミステリーとしての巧妙な仕掛けと、登場人物たちの入り組んだ思惑が巧みに提示され、観客を飽きさせない。
しかし、その緻密さゆえに、感情的なカタルシスという点では、一部に物足りなさを感じる余地がある。物語は複数の人物の動機が複雑に絡み合い、それぞれの行動が連鎖して大きな事件を構成するため、個々の人物への感情移入が分散されがちである。結果として、ミステリーとしての知的満足度は高いものの、観客の心を深く揺さぶり、涙を誘うような「圧倒的な感動」には至らない可能性も秘めている。良質なサスペンスとして一貫した緊張感を提供し、現代社会が抱える「法と正義」の問いかけを提示する、意義深い作品であると言えよう。
西谷弘監督の演出は、本作の複雑なテーマを見事に映像化している。祭りの活気と、その裏で進行する不穏な計画の対比は、視覚的にもテーマ的にも秀逸である。賑やかなパレードの描写の中に、人々の秘めた感情や思惑を巧みに織り交ぜることで、物語に奥行きと緊張感を与えている点は特筆すべきである。
湯川学の科学的思考を具現化する視覚表現は、シリーズ特有の魅力を保ちつつ、映画的なダイナミズムを加えている。また、登場人物たちの微細な表情の変化や、沈黙の中に込められた感情の表現は、俳優たちの演技力を最大限に引き出している。多くの登場人物が関わる群像劇において、それぞれの立ち位置や感情の機微を明確に描き分け、物語の焦点を見失わせない手腕は、西谷監督の確かな演出力を示すものだ。しかし、時にその緻密な計画の提示が先行し、個々のキャラクターの感情的な深掘りが抑制される傾向も見受けられ、観客が特定の人物の悲劇に没入する機会をわずかに損ねているかもしれない。
福山雅治演じる湯川学は、冷静沈着な天才物理学者としての知性と洞察力を余すところなく発揮している。事件の真相を科学的に解き明かす彼の姿は、シリーズを通しての魅力を保ちつつ、本作では盟友・草薙や事件に関わる人々の感情に、これまで以上に静かに寄り添う人間的な側面も垣間見せる。福山の抑制された演技は、湯川の複雑な内面を効果的に表現し、物語の進行とともに彼の決意や苦悩を繊細に描き出している。その存在感は、本作の知的ミステリーとしての骨格をしっかりと支えている。
柴咲コウ演じる内海薫は、湯川とは異なる刑事としての視点から事件に切り込み、物語に現実的な重みをもたらす。彼女の持つ正義感と、被害者家族への共感は、力強い眼差しと行動力によって表現されており、観客が感情移入しやすい要素となっている。湯川との信頼関係に満ちた掛け合いは、シリーズファンにとって安心感を与える一方で、事件解決に向けた彼女の真摯な姿勢が、物語に推進力を与えている。
北村一輝演じる草薙俊平は、事件に深く関わることで、自身の正義感と、過去の出来事に対する苦悩に直面する。北村は、刑事としての使命感、そして事件に私情を挟まざるを得ない複雑な感情を、抑制されながらも深みのある演技で表現。彼の内面に秘められた葛藤と、事件への執着が、物語に一層の重厚なリアリティをもたらし、観客に倫理的な問いを投げかける。湯川との関係性も、本作の人間ドラマの重要な軸となっている。
飯尾和樹演じる並木祐太郎は、定食屋「なみきや」の店主として、親しみやすいながらも、過去の傷と秘密を抱える複雑なキャラクターを演じている。飯尾の演技は、一見飄々とした中に、深い悲しみと決意を垣間見せる瞬間があり、観客を驚かせる。彼のどこか掴みどころのない雰囲気と、シリアスな場面での真摯な表情のコントラストが、キャラクターに奥行きを与え、物語のミステリー性を高めている。
戸田菜穂演じる宮沢麻耶は、事件の被害者家族として、深い悲しみと復讐心を抱える人物。戸田は、言葉少なな中にも、娘を失った母親の痛切な思い、そして家族や仲間への愛情を、その眼差しと佇まいから表現している。彼女の存在は、物語に人間的な温かみと同時に、秘めたる強い意志を感じさせ、観客の共感を誘う。
田口浩正演じる戸島修作は、事件関係者の一人として、その言動が物語に不穏な影を落とす。田口は、一見平凡な人物ながら、その裏に隠された動機や感情を巧みな演技で表現し、事件の複雑さを一層際立たせている。
酒向芳演じる増村栄治は、蓮沼寛一の元同僚であり、過去の出来事に関わる人物。酒向は、自身の過去と向き合い、複雑な感情を抱える男を、抑制された演技の中に表現している。彼の演技は、事件の背景にある人間の業や、社会の闇を深く考察させる。
村上淳演じる蓮沼寛一は、過去の事件に関与し、再び不審な死の容疑者として浮上する男。村上は、その底知れぬ不気味さと、どこか達観したような表情で、観客に強い印象を与える。彼の言葉の端々からにじみ出る挑発的な態度と、内面に秘めた闇を、抑制された演技の中に表現し、物語の緊張感を一層高めている。蓮沼というキャラクターが持つ不穏な存在感を、村上は見事に体現している。
椎名桔平演じる新倉直紀は、佐織の音楽プロデューサーであり、物語の真の核心に深く関わる人物。椎名は、表向きの誠実さと、愛する者を守るために罪を隠蔽しようとする複雑な内面を、繊細に演じ分けている。彼の行動の動機となる「妻を守る」という愛は理解できるものの、それが「誤解に基づいた殺人」に繋がるという点は、観客に感情的な葛藤を抱かせ、純粋な感動とは異なる複雑な感情を残す。
岡山天音演じる高垣智也は、佐織の恋人であり、事件に深く関わる青年。岡山は、恋人を失った悲しみ、そして事件の真相を求める焦燥感や無力感といった複雑な感情を、繊細かつリアルに表現。彼の純粋さと、事件に巻き込まれていく中で変化していく表情は、観客の共感を誘う。
東野圭吾の原作小説をベースにした脚本は、その複雑なプロットと多層的な人間ドラマを、映画というフォーマットに巧みに落とし込んでいる。ストーリーは、過去に法で裁かれなかった悪人・蓮沼寛一の死を巡り、湯川学と草薙俊平、内海薫がそれぞれの立場から真相を追うというもの。祭りの準備が進む中で発生する事件は、単なる殺人事件に留まらず、蓮沼が知っていた過去の秘密、そして佐織に縁のある人々が共有する復讐心や、愛する者を守るための隠蔽工作が深く関わってくる。
本作のストーリーテリングの巧みさは、複数の視点から物語が語られ、個々の登場人物の動機と行動が複雑に絡み合いながら、最終的に一つの大きな計画として収束していく点にある。この緻密な伏線回収は、ミステリーとしての知的興奮を提供し、観客に驚きと納得をもたらす。しかし、真の動機が、ある意味で「誤解に基づいた隠蔽と殺人」という、観客が期待するような純粋な「正義の報復」や「究極の愛」とは異なるため、知的満足度が高い反面、感情的なカタルシスにおいては、やや「白ける」感覚を抱かせる可能性も否めない。
脚本は、法の下での裁きと、個人の倫理、そして集団的な感情がどのように対立し、あるいは歪んだ形で共存するのかという、現代社会への問いかけを深く掘り下げている。複雑な人間関係と感情の機微を描きながらも、全体として秩序立った構成を保っており、良質なミステリーとして鑑賞に値する。
映像は、祭りの色彩豊かな情景から、事件現場の暗く静謐な雰囲気まで、多様なトーンを巧みに使い分けている。特に、夜の祭りのシーンは、光と影のコントラストが美しく、幻想的な雰囲気を醸し出す一方で、その中に潜む不穏な空気や、事件の静謐な進行を際立たせている。美術は、事件現場となる町並みや、登場人物たちの生活空間が細部まで作り込まれており、物語にリアリティを与えている。衣装もまた、それぞれのキャラクターの個性や社会的立場を反映しており、物語世界への没入感を高める。
編集は、物語のテンポを巧みにコントロールし、観客を飽きさせない。複雑なプロットにも関わらず、シーンの切り替わりはスムーズで、観客が物語の展開を追う上で迷子になることはない。特に、湯川の思考プロセスを視覚化するシーンや、過去の回想シーンの挿入は、物語の理解を助け、同時にサスペンス性を高めている。事件の核心に迫るにつれて、カットのテンポが速くなり、観客の心拍数を上げていく編集は、まさに職人技である。物語の緩急が絶妙で、観客は常に緊張感の中に置かれながらも、時折訪れるユーモラスな場面で息をつくことができる。
音楽は、物語の雰囲気を巧みに彩り、感情を揺さぶる。菅野祐悟による劇伴は、サスペンスとしての緊張感を高める一方で、登場人物たちの感情の機微に寄り添う繊細な旋律も奏でる。特に、祭りのシーンで流れる音楽は、その場の活気を表現しつつ、どこか不穏な空気感を醸し出し、物語に奥行きを与えている。音響効果も秀逸で、祭りの喧騒、足音、そして沈黙の場面での微かな音まで、緻密に計算されており、観客を物語の世界に引き込む。
そして、エンディングで流れる主題歌「ヒトツボシ」は、福山雅治と柴咲コウによるユニット「KOH+」が歌唱している。福山雅治が作詞・作曲を手掛けたこの曲は、映画の世界観を深く表現し、歌詞は事件のテーマと登場人物たちの心情に寄り添い、映画鑑賞後に深い余韻を残す。また、劇中で重要な役割を果たす劇中歌「Silent Parade」は、事件の鍵を握る少女・佐織の歌声として、若い女性ボーカルが担当している。これら二つの楽曲が、物語の感情的な側面とメッセージを多角的に補強し、作品の完成度を一層高めている。

作品
監督 (作品の完成度) 西谷弘
109.5×0.715 78.3
①脚本、脚色 原作 東野圭吾 脚本 福田靖 B+7.5×7
②主演 福山雅治B8×3
③助演 柴咲コウ B8×1
④撮影、視覚効果 山本英夫 B8×1
⑤ 美術、衣装デザイン 清水剛 B8×1
⑥編集 山本正明
⑦作曲、歌曲 音楽 菅野祐悟 福山雅治
主題歌 KOH+ A9×1

honey
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