「沈黙が開かれた時…」沈黙のパレード 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
沈黙が開かれた時…
フジテレビの人気TVドラマ『ガリレオ』の劇場版第3弾。
『真夏の方程式』から9年ぶり、『容疑者Xの献身』に至っては14年前とは、実に久し振り。
いつもの事ながら原作未読、TVドラマ未見だが、劇場版前2作が非常に良かったので、実はこの秋、楽しみにしていた一本。
東野圭吾ミステリーは見る側の予想を超えてくる展開や真相、心揺さぶられずにはいられない悲しみのドラマが醍醐味。
今回見始めは、やたらシンプルだと感じた。
ある殺人事件が起こり、容疑者は一人…じゃない。事件には幾人も関わる。
皆、事件に遺恨がある。動機も充分。全員が密かに協力し合って、暗黙の了解で復讐を…と、某名作洋ミステリーのような犯人たちや犯行動機、結末を彷彿した。
が、現代屈指のミステリーの作者。模倣犯みたいな事はしない。
現在の事件と過去の事件。…いや、事件以上に、関わる人物たちの思惑や心情が複雑に交錯。
その果てに紐解かれた真実を、あなたは見届けるか。それとも、沈黙を貫き通すか…?
事件の概要(主なストーリー)は…
都内のとある町。町の人々が集う定食屋“なみきや”の長女・佐織は歌の才能を見出だされ、当初父親の反対もあったものの、歌手の道へ歩もうとしていた町の人気者だった。
が、突如行方不明に。それから数年後、遺体となって発見される。
発見された場所は、地元から離れた別の県。火事による焼死と思われたが、その前に鈍器で殴られ、殺されたような跡が…。
容疑者として浮上した男・蓮沼。以前なみきやで一悶着起こし、佐織に付きまとっていた。
さらに蓮沼は、15年前に起きた別の少女殺害事件の容疑者とされながらも、完全黙秘を続け、証拠不十分で無罪となった男だった。
今回も黙秘を貫き、釈放。再びこの町に舞い戻り、なみきやにも顔を出す。
嫌がらせか挑発か、それとも…?
激しい憎悪をたぎらせる被害者遺族とその友人知人たち。
かつて蓮沼の罪を立証出来ず苦汁を舐めさせられ、また再び蓮沼が関与する事件と直面した刑事・草薙。
そんな時、町恒例の夏祭りのパレード中、蓮沼が死体となって発見される。何者かに殺された疑いが…。
真っ先に嫌疑が掛けられたのは、なみきやと友人知人の蓮沼を憎む面々。動機は充分。が、アリバイがある。
草薙の後輩・内海は偶々この町に赴任していたある人物に協力を乞う。言うまでもなくその人物・湯川教授は、奇しくもなみきやの常連客で…。
なみきやと友人知人が事件に何か関わっているのは明白だ。
彷彿した名作洋ミステリーとは、『オリエント急行殺人事件』。犯人や動機も今更繰り返す必要もないほど。
当初はさすがの湯川も“さっぱり分からない”が、その推理力と物理学検証で核心に迫っていく。
遂に一人が口を滑らせ、犯行が明るみに…だったら、あまりにも東野圭吾ミステリーとしては物足りなく、お粗末だ。
しかし、その心配無用。一見『オリエント~』風に展開と思いきや、思わぬ真犯人が浮上。かと思ったら、本当の真相へ…。
二転三転する展開と、驚きと悲しみの真相に、実に引き込まれた。
容疑者は以下の面々。
なみきやの店主・祐太郎と、その妻・真知子。
祐太郎の友人で、食品加工業の経営者・戸島。
書店の跡取り娘・宮沢。
佐織の恋人・高垣。
音楽プロデューサーの新倉と、その妻・留美。
全員が佐織と関わり、動機もあり。
両親の祐太郎と真知子は言うまでもなく。二人の悲しみは今も癒えない。
戸島にとって佐織は姪っ子のようなもの。可愛がってきた。
恋人を失った高垣も悲しい傷を抱えたまま。あれ以来、新しい恋人を作っていない。
宮沢は歌手を目指す佐織を応援していた。警察への協力を拒む。
佐織の歌の訓練をし、夢を託していた新倉と留美も。佐織を見出だしたのど自慢大会で佐織の事を思い出す…。
佐織を愛し、大切に思っていた家族、恋人、知人…。
罪に問えなかった警察や司法に代わり、憎きあの男に何かよからぬ仕打ちを課してやりたくなるのは、分からんでもない。
蓮沼という男は、そういう人物。
癇に障る言動。
黙秘を続ければ証拠不十分で釈放。自身の生い立ちからの“反面教師”。
警察や司法を嘲笑い、被害者遺族を挑発する。
疑わしいのに、この強気の姿勢は何処から来るのか…?
自分は罪に問えないと絶対の自信があるのか…? それとも、何かを知っているのか…?
その挙げ句殺されてしまったが、一切擁護したくないほど憎々しい。
が、そんな“モンスター”を生み出してしまったのは皮肉にも…
警察も辛い立場にいる。それを体現するは、草薙だ。
かつて司法の限界で、蓮沼を罪に問えなかった。
放免となった蓮沼がまた事件に関与。
あの時罪を立証出来れば、また新たな悲しみに暮れる人々を出す事は無かった。
悔恨の極み。草薙は今回の事件にまた蓮沼が関わっていると知った時、嘔吐してしまったほど。
蓮沼は警察や司法の限界や手詰まりが生み出してしまったモンスター。
それほど重くのし掛かる。
が、蓮沼は殺され、その事件を捜査。何と言う皮肉。
蓮沼を逮捕したかったのに、その蓮沼を殺した犯人を探さなければならないのだから。
草薙の苦悩と憔悴し切った姿と表情は、見てて痛々しいほど。
そんな彼に、さらに追い打ちが。草薙も苦しんでいるが、ある人物が言う。
(我々の悲しみ苦しみは)あんたらと次元が違う。レベルが違う。
そんな彼らを、草薙は“容疑者たち”として捜査しなければならないのだ。
被害者遺族とその友人たちの蓮沼を憎む気持ち。
役に立たなかった警察と司法への落胆。
誰かに何かに当たりたくなってしまう。
それを浴びせられ、それでも捜査しなければならない草薙。
事件の真相が明らかになって、彼らは救済されるのか…?
真実は時に新たな悲しみを作る。また悲しみと苦しみが蓄積されてしまうのか…?
福山雅治、柴咲コウ、北村一輝のトリオの“再会”は、TVドラマから見ているファンにとっては歓喜もの。
自分は劇場版しか見てないが、それでもこの3人の揃い踏み、やり取りはしっくり来る。
確かに歳を取った。それは単に老けたという理由ではなく、円熟を増したという事。
特に、北村。本作での苦悩と憔悴の演技は、歳を重ね円熟を増したから成せる味。
湯川以上に印象に残り、レギュラーメンバーの中では今回の主役格と言っていい。
ゲストキャストも各々印象残す。
笑いを一切封印し、シリアス演技に徹したずん飯尾…いや、役者・飯尾和樹。名コメディアンは名優である事を、彼も実証してくれた。
村上淳の憎々しさ満点の怪演。見る者を翻弄する。
いつものクドさを抑えた椎名桔平の演技。
檀れい、戸田菜穂、吉田羊、美熟女たちが華を添える。この中に、事件の真相に深く関わる重要人物が…。
酒向芳の役柄がブレイク作『検察側の罪人』を彷彿させるクセ者キャラと思いきや、今回の事件と過去の事件双方に関わる意外な役所。(『検察側の罪人』での怪演で気になる役者となり、端役からの遅咲き売れっ子ぶりは何だか嬉しい)
個性的な面々のアンサンブルは本シリーズの醍醐味の一つ。
忘れちゃいけないのは、湯川の名推理と科学で暴くトリック。
タイトルにもなっているパレードを利用したアリバイ。
蓮沼を殺害した密室トリックを、科学で検証。実証。
その際に掛かるお馴染みのテーマ曲。
一応湯川の見せ場も設けられてはいるが、正直TVドラマのファンで、この部分が好きな方には今回、物足りないかもしれない。
あくまで事件の傍観者。真相を暴く役割。
劇場版の主人公は、事件によって悲しみ苦しみを今も引き摺る被害者側。
もっとテンポ良く、コミカルでポップなテイストだというTVドラマ版とは一線を画す。
賛否はあるだろうが、私は劇場版シリーズのじっくり見せるドラマ仕立ては嫌いじゃない。寧ろ、好きな作風だ。
言わば金田一耕助的な湯川も、その役割や立ち位置をしっかりこなしている。
二転三転する真相。
その過程で障壁となり、各々が誰かの為に秘めるのが、“沈黙”だ。
沈黙は時に、武器や最大の防御となる。
蓮沼がそれだ。沈黙する事で罪を免れ、沈黙する事である人物に重圧を掛ける。
また、時に沈黙は、守り庇う。
大切な亡き人物の無念の為に、協力を拒む。“沈黙罪”として問えるものなら問え。皆、その覚悟。
あらゆる出来事、偶然、罪…それらが複雑に交錯し合って。
守る為に、口を閉ざす。
だがそれは、尊い行為でもあり、罪から目を背ける行為でもあり、新たな悲しみ苦しみを作り出してしまう行為でもある。
真実が明かされた時、ただ悲しみ苦しみを増やすだけなのか…? 救済される者は居るのか…?
もし、誰かが悲しみ苦しみから救済されるのなら、沈黙を破る。真実を開く事によって。
今回も見応えあり、余韻にも浸れ、個人的には満足。
が、人気シリーズ故、避けては通れないのが…
シリーズでどれが面白かった?
おそらく、ほとんどの人が『容疑者Xの献身』と答えるだろう。代表作であり、大ヒットもした。
私は、そう問うのはあまり好きじゃない。
例えば、AとB、どっちが面白い?と問われ、Aと答えたら、じゃあBはつまらないと思われる。
そうじゃない。どっちもいいんだ!
『容疑者Xの献身』には『容疑者Xの献身』の良さがあり、『真夏の方程式』には『真夏の方程式』の良さがあり、『沈黙のパレード』には『沈黙のパレード』の良さがある。
別に本シリーズに限った事じゃない。あらゆるものもそうだ。
無論、本当に好き嫌い、自分の好みに合う合わないはあるが…
今後レビューが増えていくと、必ず比較の声が上がっていくだろう。あまり比較すべきではない。
だって、どれも実に面白い、のだから。