「切ない事実と穏やかな真実」流浪の月 bunmei21さんの映画レビュー(感想・評価)
切ない事実と穏やかな真実
凪良ゆうの『2020本屋大賞候補作品』の映画化。社会からはみ出て、生きづらさを感じる男と女の生き様を、李相日監督が、心を揺さぶるヒューマンタッチなサスペンス、そして切ないラブ・ストーリーとして、作品に仕上げている。
社会を上手に生きていくために、場を読んだ言動が求められる中で、個性とは、自由とは、どういうことなのか?自分自身が欲する優しさや異性に対する感情とどう向き合っていかなくてはならないのか?大人の女性を愛せない男と天涯孤独で少女時代にトラウマを背負う女。そんな現代社会の片隅に生き、他者から見れば、病的とも思える歪んだ関係の男女の『事実』も、当人達からしたら全く違う穏やかな『真実』がそこにある。
自由奔放に育てられた小学5年生の更紗。そんなある日、両親が突然に居なくなり、同時に今まであった自由を失い、叔母の家に住むことに。しかし、周囲に合わせる生活と、夜な夜な従妹からの性的暴力を受けるようになり、自由を求め1人飛び出した小学生の更紗。それを受け止め、匿ってくれたのが、当時大学生の文(ふみ)。
天涯孤独の更紗にとっては、文の優しさは唯一心の拠り所となる。暫くは、2人の穏やかな生活が続くが、ついに文は、ロリコン誘拐犯として逮捕される。
長い年月を経て、更紗も新たな恋人と歩み始めていたが、彼氏の束縛やDVが牙を剥き始めた折、文と更紗は、文が営むカフェで偶然再会。彼氏のDVから逃れる中、再び更紗は文を頼っていく。しかし、そんな2人を世間が放っておくわけもなく、またしても2人の生活は、音を立てて崩れていく。そして、文が抱えてきた秘密を更紗に明かすラストシーンは、原作を読んで分かっていても、衝撃的な描写に息を呑んだ。
物語の中で文が営む、アンティークで落ち着いたカフェの描写が、とても気に入った。文が、豆を丁寧に選別して焙煎する。そして、ゆっくりゆっくりと愛でるように、琥珀色の珈琲を注ぐ。セピア色した穏やかな時の流れの中で、香ばしい珈琲の香りまで漂ってくるような描写。そんなカフェの片隅で、更沙が、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』を読む姿は、何とも言えず美しかった。
主演の松坂桃李は、希望も持てず、寡黙にただ生きるだけの青年を見事に演じていた。本作の為に体重も8kgも減量したということも、さすがアカデミー賞俳優。俳優魂を感じさせる名演技だった。そして更紗の恋人役の横浜流星も、これまでのカッコいい彼のイメージを払拭。落ちる所まで落ちていくみじめな男を演じていた。
また、何といっても広瀬すずの演技は、これまでの広瀬とは、ひと味もふた味も違う、大人の女としての魅力を湛えていた。更紗が抱えていた切なさや儚さ、トラウマ、そして美しさを李監督は見事に引き出していた。鑑賞後、次の『日本アカデミー賞・主演女優賞』は彼女で決まり!と思うくらいの、大人の大女優・広瀬すずの誕生を感じさせる作品だった。
更紗の読んでいた本は『クララとお日さま』だったのですか?
何を読んでいたのか、気にはなってたのですがまったく気が付きませんでした。
アレも、AIロボの購入者からすれば、当たり外れがある。そんな話だったように記憶しています。
その仕掛け、監督の企図だとしたら、かなり重い描写だとも言えそうですね。
教えていただきありがとうございます。