「新たなパッションとセッションを奏でて」異動辞令は音楽隊! 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
新たなパッションとセッションを奏でて
『ミッドナイトスワン』で鮮烈な衝撃と感動を魅せてくれた内田英治監督。
その次回作なので気になりつつも、タイミングが合わなかったりで劇場鑑賞スルー。
昨夏同時期公開の『アキラとあきら』共々、劇場で観れば良かったと後悔。
あのセッションなんて臨場感たっぷりだったんだろうなぁ…。
開幕シーンからは白石和彌監督や片山慎三監督のようなハード・サスペンスにも出来た筈。以前『グレイトフルデッド』というバイオレンス作を撮った事あり。
ところが内田監督は、意外なジャンルへ“異動”に…!
現場一筋30年の刑事・成瀬。
数々の難事件を解決してきた名刑事だが、“軍曹”と呼ばれるほど性格に難あり。
上司の前でも無礼な態度。楯突いたり、命令無視もしょっちゅう。
大声を上げたり、時には手が出たり、コンプライアンスなんて知らねぇ。時代錯誤のパワハラ言動。
すぐカッとなったり、違法捜査は専売特許。
犯罪は許さない熱血鬼刑事故なんだけど、そのせいで…。
巷で頻発する老人を狙ったアポ電強盗。
主犯に目星を付け、一味のチンピラ宅に令状ナシで乗り込み、相手を威圧。
警察に抗議の連絡があり、その問題行動、パワハラを訴える投書、上司の私怨もあって、成瀬に異動辞令。
異動先は…
お、音楽隊…?
警察のイベントなんかで楽団を組んで演奏するアレ。
そういうのがあるのは知ってはいたが、改めて警察にもこんな部署があるんだなぁ…と思う。
勿論成瀬は面白くない。
何で俺が?
現場一筋。長年警察に身を捧げてきたというのに…。
しかもその音楽隊はやる気も覇気も無く…。
そんな音楽隊で成瀬は…。
…と、まあ、その後の展開は概ね予想通り。
あの『ミッドナイトスワン』の後、意外な王道路線とは。
意外もう一つ。タイトルやあらすじから、阿部寛が仏頂面で音楽をやるコメディと思って見たら、それを期待した人には期待外れかもしれないが、自分的にはいい意味で期待を裏切ってきた。
ユーモア交えつつ、意外や感動的なヒューマン・ドラマ。
不遜な性格だった男が自分自身を見つめ直し、再出発。
当初は音楽隊の面々とも衝突してばかり。嘲笑したり、刑事だった俺の方が格上でこんな所で音楽にうつつを抜かしてるお前らは格下。あからさまに嫌々態度。…
どうせ短い間だけ。俺はすぐ現場に戻る。
音楽なんて下らない。暇人がやる事。
音楽なんてやる為に警察官になったんじゃねぇ。現場に出て、犯罪を防ぎ、悪党を捕まえる立派な仕事が俺にはある。
自分の境遇が全く分かっていない。
ニュースで新たなアポ電強盗を見て、居ても立ってもいられず、捜査本部へ。
完全なるアウェイ。お前はもう刑事じゃない。誰もお前なんかを必要としていない。
このやり場のない悔しさ、屈辱感…。
ようやくそれに気付いた時、さすがの鬼刑事も堪える。嗚咽。鬼の目にも涙…。
そんな時拠り所になったのが、音楽隊。
少しずつ少しずつ、音楽にのめり込んでいく。
やる気の無かった練習も。普段の事務職中でもリズムを取ったり。
初の演奏披露。大失敗。知事の怒りを買うも、警察の音楽隊のファンの初老の女性からエールを送られる。音楽隊を必要としてくれる人も。
隊の面々もぎくしゃく。演奏会の失敗をなすり付けあったり。お前らが悪い、自分らの部署を棚に上げたり。
このままでは音楽隊はお先真っ暗。
ある練習も散々。お開きしようとした時、成瀬がもうちょっと練習しようと言い出す。一番嫌々だった成瀬が…!
自分たちの部署の仕事があると言い合いになり、成瀬が一喝。
それでまた修羅場になりかけた時、成瀬が自分の態度に否があったと頭を下げる。あの成瀬が…!
そんな成瀬の真摯な態度が、自分自身だけではなく隊の面々の心も動かす。
成瀬の言動は確かに問題あり。が、彼の存在が刺激になったのも事実。
異端児でも、やはり一人くらいそういう人物が居ないと。
そうこうしていく内に、隊の面々とも交流を育んでいく。
シングルマザーの春子。交通課所属。トランペット担当。彼女とはちょくちょく言い合う。が、最も腹を割って向かい合う。鬼刑事の成瀬にも臆する事なく。
成瀬はドラム担当。陽気な性格のドラムの先輩・広岡。交通機動隊所属。
共に自動車警ら所属。チューバ担当の国沢は熱く、サックス担当の北村は斜めの性格。
穏やかな性格の隊長。
一人一人個性があって、悩みや問題も抱えていて。
次第にチームとなっていく。
家族ドラマとしても。妻とは別れ、認知症の母と二人暮らし。時々高校生の娘が様子を見に来る。
刑事時、自分を困らす母に怒鳴り散らし、娘との約束も忘れる。
娘からは絶縁迫られる。家族との関係も崖っぷち…。
音楽をやるようになって、娘との関係を取り戻す。娘は友人とバンドを組んでいる。娘らと練習も。
娘とこれほどの向き合い、刑事やってた時からは考えられない。
音楽は見下してた自分は愚かだった。
音楽は必要だ。
所変われば“人”変わる。それを地で行く。
最も音楽を見下していたのは、成瀬ではなく上司たち。
異動が言い渡された時、直属の上司は嘲笑。
本部長は異動を言い渡した張本人にも関わらず、音楽隊の廃止を考えている。音楽なんて無意味、不必要。
音楽隊も立派な警察部署の一つだが、偉そうなこいつらにとっては厄介者払いの左遷墓場。共々葬ってやる。
そしたら最後、ある事があって手のひら返し。警察組織へ風刺をチクッと。
アポ電強盗事件も疎かにせず。
ある時遂に、殺人発生。しかも、その被害者は…。(予想は付いたけど)
絶対に許さない。隊の皆も同じ。
どうして罪の無い老人ばかり狙われるんだ!?
成瀬の怒り悲しみ訴えが、後輩刑事の坂本を動かす。
成瀬が目を付けていたチンピラをマーク。とうとう自供し、主犯に辿り着く。
さすがは名刑事。成瀬の読みと勘は当たっていた。
坂本の判断で、音楽隊と協力。
憎き主犯を逮捕する事出来るのか…?
密かに伏線回収も。
刑事志望だった北村。かつて犯人を取り逃がした事あり。そんな彼がラストで意地を見せる。
成瀬が異動する事になった要因の一つ、投書。したのは誰…?
娘と言い合いになった時、娘の大事な楽器を粗末に扱い、ブチギレられる。ラスト、主犯と格闘中、ドラムが傷付けられそうになる。序盤から一転、「俺のドラムを!」の台詞にはウケた。
YouTubeで愛知県警の音楽隊のフラッシュモブを見て着想。
それに主人公の再起、仲間との絆、家族との関係、警察風刺や捜査サスペンス、何より音楽の喜びを織り混ぜた内田監督のオリジナル脚本が魅力。
多少ご都合主義でベタかもしれないけど、エンタメとしてストレートに響く。
実力派や売れっ子たちが奏でるアンサンブル。
前半は硬派な鬼刑事、徐々に丸くなり人間味たっぷりに。昔だったら三船敏郎や高倉健が演じそうな役所、今では阿部寛の十八番に。彼ならではのぶっきらぼうとコミカル加減も絶妙。そして勿論、猛特訓したという華麗なドラムさばきも披露。
周りは引く手あまたの売れっ子たち。よく集められたと感心。
『キングダム2』が好評だった清野菜名。本作でも好演。
ひねくれ態度の高杉真宙の成長。
渋川清彦は相変わらずナイスな役回り。
音楽隊廃止の危機に隊長が思いを吐露。下積みが長かった酒向芳だからこそ言えた台詞。
阿部寛や皆の演奏は必見必聴!
磯村勇斗のあるシーンの告白は胸を打つ。それに対する阿部寛の台詞は本作を物語る。
阿部寛の娘役、母役の倍賞美津子、憎々しい光石研らも好サポート。
やはり音楽はいい。
私は音楽に詳しくなくとも、聴くのは好きだ。
歌や映画音楽。クラシック音楽やその演奏。
劇中では聞いた事ある曲が奏でられ、それだけで気分高揚。ラストも演奏で締め括られ、ラストカットも秀逸。
何で俺が…。誰しもこんな思い抱いた事ある筈。
最初はそう思う。でもそれが、思わぬいい方向へ向く事もある。
捨てたもんじゃない。
警察官としてのパッション。
音楽へのパッション。
仲間とのセッション。
家族とのセッション。
自分の新たな人生への、パッションとセッション。
さあ、奏でてーーー。
余談その1
アポ電強盗事件が今世間で問題になってる強盗事件と被って…。劇場鑑賞はスルーしちゃったけど、今この時期に見た事にも意味が…?
余談その2
本日発表の2022年度キネマ旬報ベストテンで、本作は一点も一票も入っておらず。つまり、批評家たちには全く見向きもされず。こういう作品を良かったと思う自分は単純な作品好みの見る目ナシのただのバカなのか、それとも批評家たちが頭堅すぎなのか。
返信ありがとうございました。共感ですね。評論家が自分の位置を高く見せるための自作自演ですね。挙げられた作品はいずれも好作品。興行成績が全てでは無いですが、ある程度は興行成績無いと話にならないですね。それとキネ旬はスピルバーグの大衆路線が大嫌いのようです💔。ちなみに【読者ベストテン】は極めて真っ当な感じました。今年のボクシング映画は双方一致したとかなんとか朝のニュースでやっていてビックリしました。聞き違いかも知れません!😊ありがとうございました。
キネマ旬報は【斜に構えた評論家】の屁理屈ヘリクツ順位ですから・・読者ベストテンの方が圧倒的に精度が高いです。実はキネマ旬報95回記念の分厚い緑の本単価@3000以上を購入して研究しました。結論はキネマ旬報のベストテン=評論家 は殆ど【的外れなええ加減なもの】で、実は【読者ベストテン+興行順位で全てがわかる仕組みでした。】映画は娯楽だと思いますので・・・イイねありがとうございました😭。