「セッションによって仲間の絆の素晴らしさに気付いていく物語」異動辞令は音楽隊! 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
セッションによって仲間の絆の素晴らしさに気付いていく物語
本作は、まるで阿部寛の為に書かれたような、時代後れの熱血刑事が主人公の作品です。阿部寛のファンであれば、うっとりするくらいの熱血漢ぶりでした。
事件を追う刑事となれば、捜査一筋に我を忘れて打ち込む熱血漢も多いことでしょう。しかし阿部が演じる本作の主人公、成瀬は、熱血漢ゆえに家庭を顧みず、離婚に追い込まれ、娘は反抗的な態度のままの状態でした。しかも仕事でも、地味な活動をする音楽隊への異動を命じられて、失意のどん底に堕ちてしまうのです。
パワハラで威圧的、暴力的な直情型の刑事が音楽隊で演奏することで、人の繊細な心が理解できる刑事へと変化を遂げること。
バイタリティと優しさにあふれる演技の両方ができる阿部だからこそ、成瀬役はハマったといえます。
ドラムは「触るのも初めて」という阿部寛でした。吹奏楽部1年生が始める基礎練習から特訓を重ね、日本や海外のプログラマーの動画を見て、見せる叩き方を研究したそうです。背が高く、バンドのセンターで一際目立つドラムを叩く阿部のカッコいい姿をとくとご覧あれ!
物語は、頻繁に高齢者を狙ったアポ電強盗事件が起こることから始まります。一向にホシを挙げられない手ぬるい警察の捜査にじれていたのは、部下に厳しく、犯人逮捕のためなら手段を問わない捜査一課のベテラン刑事・成瀬司(阿部寛)でした。
警察の名をかたり、現金のあり場所を電話で聞き出し、宅配業者を装って家の鍵を開けさせてるという、高齢者を狙う悪質なアポ電強盗事件。主犯に心当たりのある成瀬は、その男の手下とにらむチンピラ・西田(高橋侃)を令状も取らずに締め上げます。
「今の警察は馬鹿ばっかりだ」と普段からぼやいていた成瀬は、犯罪捜査一筋30年の鬼刑事で、一言目には「コンプライアンスの遵守」と行動を制限する上層部と何かといえばぶつかっていました。
同行した部下の坂本祥太(磯村勇斗)からも、「このやり方は違法行為ですよ」と非難されました。コンプライアンスが重観される今の時代に、違法すれすれの捜査や組織を乱す個人プレイやパワハラは完全に許されず、成瀬は刑事課で浮いてしまっていたのです。
遂に組臓としても看過できず、上司が成瀬に命じた異動先は、まさかの警察音楽隊へ。しかも小学生の頃に町内会で和太鼓を演奏していたというだけで、ドラム奏者に任命されてしまうのです。
すぐに刑事に戻れると信じて、練習にも気もそぞろで隊員たちとも険悪な関係に陥る成瀬。 しかし、担当していたアポ電強盗事件に口を出そうとして、今や自分は捜査本部にとって全く無用な存在だと思い知らされることになります。
ところで成瀬は母親の幸子(倍賞美津子)と二人暮らし。最近、母の物忘れがひどく、随分前に離婚した元妻と暮らす高校生の法子(見上愛)が時々、「大好きなおばあちゃん」の世話をしに来てくれてました。そんな法子と約束していた文化祭に参加する約束をすっぽかして、法子からラインをブロックされてしまいます。これには、家族を無視し、仕事一筋の刑事バカだった成瀬もさすがに落ち込みました。失意の成瀬に心を動かされ手を差し仲ぺだのは、「はぐれ者集団」の音楽隊隊員たちだったのです。
音楽隊の演奏に救われる人たちがいることを知り、成瀬は次第に練習に励むようになります。ところが、彼らの心と音色が美しいハーモニーを奏で始めた時、本部長から音楽隊の廃止が宣告されます。
そして、ある日新たなアポ電強盗事件が起こり、成瀬のドラムには勇気をもらえると、応援してくれていた老婦人・村田ハツ(長内美那子)が犠牲になってしまいます。テレビのニュースを見た成瀬は、居ても立っても居られなくなり、捜査本部の会議室へ駆け込むのでした…。
見どころは、なんといっても演奏シーン。音楽隊が舞台だけあって、本作には数々の名曲が登場します。『聖者の行進』、『宝島』、『アメイジング・グレイス』……。
どの曲もストーリー中の大事な場面で使用され、その効果は大きいものでした。演奏会でも演奏されるこれらの曲は、キャストたちが一生懸命に練習し、吹き替えなしの演奏を披露しています。音楽隊の隊員を演じるにあたって、キャストそれぞれが担当楽器を猛特訓していたのです。その練習成果が音に出ていました。
ただエンドで演奏される『IN THE MOOD』だけは音の出方が、全然違っていましたので、これはクレジットにあったシエナ・ウインド・オーケストラの演奏でしょう。
苦々しい思いで音楽隊勤務をする成瀬でした。それでも、成瀬が本気で音楽に向き合うようになるのか、鑑賞中ずっと気になっていました。成瀬が変わったきっかけは、次の二つ。
まず、娘の法子が参加しているバンドメンバーと楽器店の練習室で偶然であった成瀬は、法子たちとセッションし、音楽の楽しさを味わったこと。
そして、決定的なことは、大切な警察手帳が入っていた上着を忘れてしまったときのことです。
成瀬は、お好み焼き屋で出会った来島春子(清野菜名)と話しますが、意見が合わずに帰宅し、上着を忘れてしまったのです。春子が自宅まで上着を届けにやって来ます。成瀬は警察手帳を忘れるという合ってはならないミスを犯して、激しい自己嫌悪に陥りました。
そんな成瀬の様子をみた春子は、「音楽と同じですよ。ミスしても周りがカバーすればいいんです」と声をかけます。翌日から成瀬は吹っ切れたように、ドラムの練習に打ち込むようになったのです。そんな成瀬の変化は、他の隊員も感化させ、音楽隊全体に音にも心にもハーモニーが生まれて行きました。
交通課や警ら隊という一般の仕事と兼務していることもあり、音楽隊の隊員は忙しく、また成瀬のように左遷のような状況できた隊員もいるため、隊員たちのチームワークもいまいちだったのです。
こうして成瀬は、楽器に触れ、音を出し、曲を演奏するうちに、次第に心も和んでいったのです。
本作で感銘を受ける点として、セッションによって仲間の絆の素晴らしさに気付いていくところです。それは成瀬にとって、音楽隊の中だけでなく、以前猛烈に批判していた刑事課に対しても、また家族に対しても、セッションすることの大切さを見いだし、反省し、柔和に変わっていったことです。その変化の姿に感銘を受けました。一人であがかないで、仲間を信じ、仲間のカバーに頼ることも必要ですね。成瀬と同じような境遇にある人なら、きっと心にグサリと刺さる映画でしょう。
内田英治監督は、『ミッドナイトスワン』に引き続き、登場人物の繊細な心の動きを巧みに演出。シリアスにも、ドタバタにもならず手堅い感情表現で気持ちを伝えてくれました。
ところで、本作の終わり方として、やや伏線の刈り取りが不十分なところも残っています。家族のことを考えるようになった成瀬と、法子や妻の関係、恋仲に発展しそうだった春子との関係、そして捜査手腕が再評価された成瀬が刑事として復帰するのか、それとも音楽隊を選択するのか、成瀬の選択が気になります。
但し本作の舞台のモデルとなっている愛知県警音楽隊は、戦後最古の由緒ある音楽隊なので、ぜひ全国警察音楽隊演奏会で優勝する続編を期待したいものです。