劇場公開日 2022年1月8日

「文字と文字の間を想像することの豊かさ。」春原さんのうた 村山章さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0文字と文字の間を想像することの豊かさ。

2022年4月30日
PCから投稿

もう放埒なくらい説明がない。最初は戸惑うのだが、決して描写に不足があるわけではないことがわかってくる。映画やフィクションでは、しばしばキャラクターが秘めていた心情を激情とともに吐き出したりするものだが、果たして現実にそんな場面に遭遇したとして、その言葉を額面通りに受け取れるだろうか? 発せられた言葉が気持ちのすべてとは限らないし、また気持ちのすべてを言語化することなど不可能だし、他人を理解することにも限界がある。だからこそ、なのかは知らないが、この映画では「大事な人を亡くした喪失感と再生」を、ドラマチックな展開などどこにもない、寄り道だらけの日常を通して描いているのだと思う。この言葉では説明しきれないものをビジュアル化した映画が、行間、というより、文字の隙間を想像するような短歌から生まれたという経緯にはなるほどと頷くばかりだし、映画が人の心の真実に触れるためのひとつのアプローチとして秀逸だと感じた。

とはいえ、見方によっては退屈だったり入り込みづらく感じることがあるのも想像できる。自分の場合は、劇中に登場する聖蹟桜ヶ丘のキノコヤや、主人公が住むという設定の小竹向原の駅前をたまたま知っていたことで、いきなりこの世界や人物や知性的な距離感が具体化して、突然集中力が増した。見る人によってそれぞれだろうが、どこかにひとつでもとっかかりが見つかれば、突然、自分と地続きに感じられる映画なんじゃないだろうか。

村山章