劇場公開日 2021年8月6日

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「夫婦の勇気は肯定されるべきだ」すべてが変わった日 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5夫婦の勇気は肯定されるべきだ

2021年8月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 英語で「Let me go」というと「私を行かせて」と直訳するよりも「離して!」としたほうがいい場合がある。本作品の原題「Let him go」はどうだろうか。「その子を離しなさい」または「その子を離せ!」くらいでいいのではなかろうか。
 しかし邦題は「すべてが変わった日」である。その意味は映画の序盤で解るが、本当の意味ですべてが変わった日はその3年後だ。前半はある意味で静かに時が過ぎていくが、後半には怒涛の展開が待っている。この邦題は悪くない。

 今日では社会が毒親から子供を守るのがひとつの方向性として主流になっていて、十分とは言えないけれども行政がその任を担っている。しかし本作品の舞台となった1963年は、児童虐待という概念さえ、社会が共有していなかった。それは日本も同じで、本来の意味での児童虐待防止法が交付されたのは2000年になってからである。
 本作品は毒親の親も毒親だったという絶望的な状況で、ダイアン・レインが演じた主人公マーガレットは、ケヴィン・コスナーの演じる夫ジョージとともに途方に暮れる。警察は助けてくれるどころか他所者として排除しようとする。先住民の血を引くピーターは本作品の象徴的な存在だ。この時代で児童虐待とたたかうには、本作品のような展開しかなかったのだろう。その意味での説得力はある。

 ダイアン・レインとケヴィン・コスナーの芝居が本当に上手で、もはや長年連れ添ってきた夫婦にしか見えない。そして長い年月を経てもなお、お互いを知ろうとする。人には配偶者にも言わない秘密があるのだ。
 この穏やかな夫婦のどこにあれほどの勇敢さが宿っていたのか。夫ジョージには結末が見えていたように思える。しかし突き進んでいくマーガレットをどこまでもサポートする。マーガレットは常識人としての自分に自信を持ち、王道を進めば道は開けると楽観しているが、ジョージは30年間の保安官としての経験から、人は善人ばかりではないことを知っている。

 ネタバレになるのでこれ以上書けないが、本作品は扱っている問題の深刻さもさることながら、ストーリー展開が波乱万丈で、平凡な夫婦が強力な相手に立ち向かっていく。その勇気は肯定されるべきだ。
 東京では3館しか上映しておらず、上映期間も長くないと思われるが、そういう作品に限って屡々名作がある。本作品もそのひとつだと思う。

耶馬英彦