「ある監督夫婦の風景」ベルイマン島にて かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
ある監督夫婦の風景
映画監督に限らず、ありとあらゆる芸術家のインスピレーションのために設立された“ベルイマン・エステート”。女流監督ミア・ハンセン=ラブも、その施設を舞台にした映画撮影のプレゼンをおこなったところ、それがエステートを運営する財団に認められ住居施設や映画館の無料提供を受け作られた映画だという。巨匠イングマール・ベルイマンが自宅兼ロケ地として実際に使用していたファーレ島だけに、ロケ地を巡る観光ツアー“ベルイマン・サファリ”なども組まれているらしい。
スケジュールが合わなかったグレタ・ガーウィクの代わりにキャスティングされたヴィッキー・クリープスの職業が映画監督であり、その旦那役ティム・ロスもまた同じ職業であることから察するに、2人は間違いなくミア・ハンセン=ラブならびにオリヴィエ・アサイアス元夫妻の分身であろう。つまり、実際の映画作りをシナリオ内におとしこみ虚構と現実の境界をあえて曖昧にした映画なのである。さらに本作が特徴的なのは、クリープス演じるクリスが監督をつとめる劇中映画が、さらに入れ子構造的に作品内に組み込まれている点である。
映画前半で展開された、まるでファーレ島観光誘致のようなベルイマン“ヤラセ”礼賛ムードを、作品から排除するための演出だと思われる。これでもしもベルイマン作品へのオマージュてんこ盛りの映画にしてしまったら、どっちらけもいいとこなのだ。シナリオ執筆中のクリスがエンディングの構成に行き詰まり、自転車でベルイマンの自宅を訪れるくだりなどは、(マトリックス4のキアヌのように)本作の落としどころがなかなか定まらない、ミア監督の苦悩がそのまんま表現されていたような気がする。
劇中劇の登場人物が、役ではなく実物の俳優としてクリスを慰めるシークエンスなどには、確かに工夫の跡が感じられる。が、両親ともに哲学者であるこの女流監督の作風と、ブレヒト的なイリュージョン演出の相性を問われると、首を傾げざるを得ないのだ。私生活では6人の女性との間に9人の子供をもうけたと伝えられる奔放な巨匠とは違って、子煩悩なクリスことミア・ハンセン=ラブはきっと真面目な母親なのだ。けっして虚構ではない現実生活の中に自分の居場所を見い出すリアリストなのであろう。