機動戦士ガンダムSEED FREEDOMのレビュー・感想・評価
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戦の後にしか平和は訪れない
劇場版ガンダムはナラティブと閃光のハサウェイだけは観ていましたが、原作も未読・未観賞でした。実は予告編を観た限りでは、友情や愛情、親情などをたくさん盛り込んだ、非常にエモーショナルな明るい方に向かうアニメだと思っていました。その程度の情報しかなかったのです。
確かにエモーショナルだったけれど、メインキャストたちは、私の予想以上に征服欲や生存欲、愛欲に近い愛情など大人な欲望をはっきり口に出し、行動に移していた。その願いや欲望が必死さに溢れていて、そこは素直に胸を打たれる感じがありました。素直に生きよう! 真っ直ぐ勝ちに行って、敵を潰そう!
最後の決戦に臨むラクス・クラインの肢体の生々しい美しさときたら…。愛情と愛欲は等しいことを学んだ気がしました。作画のタッチは凛々しいけれど、幼い。幼かったからこそ、反比例的にインパクトが強かったのかも知れません。怒られるか。
最終兵器レクイエムによって、路上の可憐な少女が黒い塵になって戦争が始まった時、それでも戦の後に平和が得られるならば、救いはあるのか? としばらく考え込みました。その手前では何も出来ないのか。この作品中で、私的には一番衝撃的なシーン。どれほど進歩・進化しても、生き物は何らかの差異を見出して階層を作り、戦を起こす。
それにしても、このガンダムでもモビルスーツの闘いのダメージの程度がよく分からなかった。単に私が見慣れていないためと分かっているのですが、擦り傷、軽傷、致命傷の見分けがつかなかった。
良かったと思います。
もともと小説ではしっかり語られてたところを映画で2時間弱に収めてるので、話がかなり端折られていて理解が難しいと聞いていました。
もともとアニメの方もそこまで理解して観てなかったので映画も細かいところはチンプンカンプンでしたが満足できました。
『愛』がテーマになってたみたいで、アニメ版の時よりもお互いが想いあう気持ちが全面に出てて良かったです。
映像が綺麗になりすぎて、ラクスの顔に違和感ありました。
イザークファンなので、イザークがちゃんと活躍してくれていて嬉しかったです。
20年前に作った作品をそのまま放映しちゃったのかな
まず、原作ファンは見ない方が良いです。
何も完結せずに終わります。
この作品の後半部分を禍根にもう一回戦争できます。
結局コーディネーター同士(厳密には違うようですが)周りを巻き込んで個人間の問題を武力で相手を亡き者にして終わらせただけ
そもそもある程度年月が経っている設定にすれば良いのにDestiny直後の設定にしているのでキャラクターの誰も何も成長していない
なんならキラはSEED時代に退化している
恐らく元々の公開予定より15年近くは内容変更する余裕はあったはずなのだが
当初の予定で放映できないと分かったときにトイレにでも流しておけば良かった作品ですね。
放送終了後SEEDを知った人なら兎も角、リアルタイムで見ていた人で面白いと感じる人はあまり居ないのでは無いでしょうか。
こちらはもう成長してるんですよ
キラの「MSの性能で全てが決まるわけじゃない」って台詞は開始数分でネタバレあった上に直後に作内最強のMS載っているしシャアの名言となっている台詞に引きずられて言うタイミング間違えてますよ。
確実に討たざるをえない相手に対してラクスが愛に付いてヒントを与えた直後処分。
この2点は必要だったのかな?
というよりこの作品は必要だったのかな?
ガンダム作品の中で断トツに低ランクだと思われます。
いい所もあったが、これじゃない感
当時小学生リアタイ勢で映画の為に全て見返してから映画にのぞんだ。
第一報のPVが出てから映画を観るまで広告、ネタバレ等見ないようにしていた。まずMSがCG、唇やキャラの作画崩壊、ファウンデーションと聞くとファンデーションが出て来る問題、アーサーに似てる大塚芳忠さんと色々と気になって集中出来なかった。
というかコノエはバルトフェルドで良かったんじゃないか?頭が切れる艦長って被ってるだろう。クライン派かつ、ラクスに近い立場にずっといたバルトフェルドがザフトに戻っているというのは変だとすら思う。
そしてコーディネーターより上の存在、脳の拡張により第六感を発達させ超能力者って感じか?突拍子もないけれど、テレパシーまではいいとして、ほぼ初対面の遠く離れたMSに乗った人間を精神操作するのはいきすぎ。キラを悪役にするための設定すぎる。今作はサプライズが多いと思うが、その為の設定と思えてしまう。
キラの精神的弱さは種死で少し前向きになったし、敵だったシンと共により良い未来にしようとするわけだから頼っていると思う。ブルーコスモスとの戦いの末訪れる平和だと思っていたがそんな事もなく、なんだったらスタート時より戦禍は拡大している。個人的には残念だった。終わった後の後日談もなかったしな
後はひたすらの愛、愛、愛。別にSEEDの恋愛はいいんだが恋愛要素多すぎないか?守りたいものを守る為強くなる。は分かるし愛があれば頑張れるのも分かる。だが多すぎる。深掘りして欲しい所はせず愛がいっぱいだった。
マイティーストライクフリーダム。あれなんなの?あれはスターゲイザーのシステムを使った超エネルギーと福山潤とキラの超科学力の結晶?トリィとブルーの量子リンク的な事言ってたからケーブルは必要ない世界になってるのか?ラクスの格好は何?Gガンダム的な事?もうあのレベルだとあれ1機で戦争終わるね、かっこいいけどね
あとフリーダム強奪事件って何?ストフリボコボコにされてたの何?宇宙クジラって何?ロリっ子はどうして幼児化していたの?種割れ変えなくてよくない?小室使ったのはなぜ?逆シャアパロ?
期待しすぎた。いい所もあったが個人的には残念だった。
キラ・ヤマトの物語の完結
SEEDは微妙に世代ではなかったので放送当時は観ておらず、観たのは一年ほど前だったのですが思いの外ハマってしまい、劇場版を心待ちにして公開当日に観に行きました。
正直なところ、DESTINYで決して綺麗な形でないとはいえ、争いの絶えない世界で何とどう戦うべきなのか?劇場版のキャッチコピーにもなっている運命と自由のどちらを選ぶべきか?という話には一応の答えを出しており、二時間しかない映画で何の話をするんだろうと思っていましたが、描かれたのは色々と分かり辛かったDESTINYの運命と自由に関する話の整理、そしてキラ・ヤマトという主人公の物語の完結編でした。
考えてみればキラは一作目のSEEDにおいて死んで終わる予定だったところを続編をやるからということで精神崩壊寸前の状態で生存し、続くDESTINYではその後が描かれるのかと思いきやどうにも扱いに困っているまま最後は話を終わらせるデウス・エクス・マキナ的な役割にされたことで禄に内面描写がなされないままだったわけで、実はキラ・ヤマトという不本意な戦いに巻き込まれそのまま戦い続けてきた少年の物語は途中のまま放置されていたわけですね。
本作において「君らが弱いから!」とキラが主人公にあるまじき暴言を仲間に対して吐き、それに対してアスランが自分の方が強いから頼れ!と示してくれた瞬間、ああ、SEEDの物語はちゃんと終われるんだ……と安堵しました。SEED第一話でストライクに乗った時からキラの中にずっとあった強迫観念、かつて同じものに囚われて迷走したアスランだからこそそれを打ち砕き正すことができた。DESTINYにおけるアスランの迷走もしっかり昇華されていて嬉しかったです。
最後の「人は愛から生まれるのです」というラクスの言葉も、誰も彼もが遺伝子(生まれ)に振り回されてきた物語を締めくくる言葉として良かったと思います。SEEDでクルーゼが突き付けてきた絶望に対する答えがようやく提示されてこれで彼も成仏できたかな?と思いました。
後半が今までのSEEDのどうにもならない世界でそれでも足掻き続ける……というような雰囲気とは真逆で面食らいましたが、そういった「今までのSEED」的なものに関してはDESTINY最後の「たとえ吹き飛ばされても僕達は何度でも花を植えるよ」ではっきりと現実的な答えを出してあり態々問い直すことはないと個人的には考えているので、後半はあのお祭り映画のノリでいいと思います。散々待たせたわけだから楽しめるものすることは必須でしょうし。
他人のレビューは当てならない
実際に観てどう感じるかは人によると思うけど、
正直否定的なレビューを余り鵜呑みにして、劇場で観ないでおくというのは余りオススメしないです。
この作品は確かにC.Eの世界のその先とか、争いの根幹であるナチュラルとコーディネーターの差別とか、争いとか、そういったものを中心に描いている訳ではありません。
正直2時間尺でキラを主役にそのストーリーを描くのにも無理がありますし、なんなら新しいナチュラルやハーフコーディネーターのコを主人公に物語を描く方がその場合は適しているかも知れません。キラは「完璧なコーディネーター」として作られた存在ですから。
(実際に作中でブルーコスモスの最大の標的だったと言われていますし)
でも、この作品のテーマが「愛」とよく否定的なレビューにも書かれていたりするのですが、別にこの作品は「愛」をテーマにしているのではなく、多分「愛」は「愛」でも「運命に縛られない自由な心での愛」を描こうとしていて、表題どおりどちらかというとメインは「自由」の方だったんだと思います。
ガンダムSeed Destinyの物語の続編、デスティニープランという「運命」に縛られた人達に対する「自由」という回答、自由とはなんぞや?の答えのひとつがSNSで話題になってたラクス構文、「必要だから〜」なんだと思います。
これ書くと脊髄反射で「デスティニープランを掲げる自由」を主張する輩も出てくるみたいですけど、ラクスは作中で明確に「デスティニープランに賛同する人達の気持ちまで否定出来ない」とも言っています。否定してたのはあくまで武力による強制とか、銃口を向けて従わせるやり方の方。そしてその世界の危険性もなるべく分かりやすく描いて、対案ともなる組織を作り上げて治安を守ろうとしていたのが劇場版でした。
そしてその過程でヒロインであるラクスの生い立ちにスポットが当たる。
元々ガンダムSeedはドラマパートでは昼ドラ的なドロドロの描写を描くのがあるあるなので、展開的には割と初代無印を観てると納得のシナリオな気がしますし、新キャラのコはモロに「社会的なステータスや能力で相手を選ぶ」タイプの女のコなので、この辺もデスティニープランを描く時に親和性が高い。
「愛」はどんな作品でも「恋愛」「友愛」「親愛」と、色んな形で表現されるモノなので、そんな単純な「恋愛」ではなく生い立ちの特殊な二人の決められた運命とは違った結末というのがこの作品のおおまかなストーリーなんだと思います。
そのうえで、楽しめるかどうかは人によるかも知れません。でも興行収入40億超えでガンダム史上最高の結果を出している作品なので、安易に「駄作」のレッテルを貼っているコメントやレビューを信用する必要は無いと思います。
まぁそれでも無理に観に行く必要は無いですけどねw結局観に行くかどうかを決めるのは自分ですからw
因みに、
ガンダムSEEDという作品には公式で映像化された作品が4つあります。
ひとつは勿論初代のガンダムSeed(無印)、
それから続編のガンダムSeed Destiny
そして公式スピンオフのガンダムSeed STARGAZER
そして劇場版のガンダムSeed Freedom
ナチュラルとコーディネーターの愛憎を描いている作品を観たいなら無印とSTARGAZERをお勧めします。
STARGAZERはアマプラとかU-NEXTとかHuluとかの配信で観れますよ。
何故か悔しくて泣きそう…
この作品と出会った頃からずっと思い続けている。本当に素材は良いのになんて勿体ない作品になるんだろう?と…。いつも感情論に左右されて戦っているし、昼ドラ?…と突っ込みたくなるような展開はげんなりしていました。
映画はどうなのかと思って観に行きましたが…SEEDの世界観をもっと生かしてほしい!ナチュラルとコーディネイターという種の行方をきちんと描ききってほしかった、というのが感想です。
そもそもDESTINYプランなる荒唐無稽なものを出してくるより、コーディネイターは婚姻統制をしないと子どもが生まれにくく、出生率も下がっている…と設定であるのだから、そこを活かして、もうコーディネイター単体では存続できない、ナチュラルと融和をしていかなければならない…と、議長には融和政策をもっと押し進めてもらい、それに反発するブルーコスモス、又は自分達の存在が危ういと受け止められないコーディネイター達…それを主軸にして戦う悲しみ、人の欲深さや愚かしさを描いてほしかった。DESTINYプランなんて、人命を尊重するためといいつつも、人の人権や尊厳を無視し、意思や決定、責任や反省を蔑ろにさせる政策なんてかなり人を侮っていると思う。主体性を持った人間ではなく、欲しいのは何も考えずに従う羊たちということだから…。
遺伝子の適性のままに従っていれば、争いは起こらないのか?絶対に的確な判断をし続けていけるのか?例え限りなくそれに近い結果が出たとしても、それは人間の怠慢であると思う。例えアニメであっても、よく各国家に対して提案できたな…自分の遺伝子情報を明かして人生を委ねるなんて、究極の管理社会の出来上がり!本当に荒唐無稽が過ぎると思ったものでした…。
それよりも、コーディネイターと融和していくことで、ナチュラルが被る経済的な不利益、利益…又はナチュラルとコーディネイターの人口比率を統制等…国家間の思惑を絡めた戦いを見せてほしかったです。両種の差別も、そこの部分を描くことでより根深さや説得力が増すと思います。
本当に素材は良いのに…(涙)
映画になったのはおめでとう…だけれども、まるで会話は放課後の教室でされているような三流恋愛小説のような内容。敵役も、コーディネイターの上位種っていうけどなんともお粗末で小物感しか感じず、人物描写が薄っぺらく…。あくまでもdestinyプランに拘るのなら、もっとそれの有益さを強調させ、結果を示して理詰めで主張していけばいいのに…と思ってしまいました。
そもそも…今作の主役のラクスが自分はどうしても苦手でした。初登場時から不思議系の聖女って感じで。彼女の背景、生の声ってなんだろう?キラ達は苦しみ、哀しみ、痛み、恥もかいて涙も流して…何度も、彼らの心からの叫びを聞いてきました。でも彼女にはそういった深堀りがなく、無印の後半で実は反戦運動家でした…って何?って。いつも上から導きますっていうスタンスが苦手で…。10代の女の子…まぁコーディネイターは15で成人だけど…が戦争終結に影響を与えて?何その単純極まりない社会!
彼女がなぜそこまで平和を願うのか?彼女の核となる出来事が何も描かれておらず、最後まで消化不良でした。続編の種デスでも…これは彼女だけにとどまらず…戦場に介入していきなり戦闘を停止させようって…行動が無責任ですよ。戦場で命令に従うしかない兵士に何を言ってる?私兵になれと?戦争をどうにかしたいなら戦場ではなく政治!あれだけのことを前大戦でしていて…表舞台からは消えている期間に何もしていないって…結局自己満足でヒーローごっこしてるだけでは?そして彼女はいつもきれいなヒロインのまま、高みから民衆に語りかける聖女様。私が正義です、と言わんばかりの。彼女は政治とか軍事の汚い部分…に絶対に関わらない。直接自分では何もしない。でもそれはおかしい。前大戦で、戦争が始まってからでは、言葉では何も変えられないとわかっていたはず。彼女はクライン派を率いて情勢に関われる位置にいるべきだった…。
前大戦時にアスランに言ってましたね、何と戦わなければいけないのか、戦争は難しいですわね…と。少なくとも戦場で兵士に停戦を求めることではないです!戦争は、人命を代償にした最悪の交渉術です。そうなる前に意思決定をする政府に、その後ろにいる市民に対して世論というものに働きかけなければならないのでは?私達が求めているもの、望んでいる事はこのまま戦い続けて手に入るのか?それを直接言葉にして伝えるよりも、もっと心に訴えかけたいから歌っていたんだと思っていました。でも、手遅れになってしまったから戦ったのだと思っていました。情勢は停戦になっただけで何も解決されずにいる。こんな中途半端な状態のまま自分たちは隠遁生活…?今歌を歌って伝えなくてはいけないのでは?それがあなたの戦いでは?そこの所を付け入られてミーアのエピソードがあるんですが…ま、彼女はカリスマがあるらしいので、汚したくないんでしょうが。続編はキャラもストーリーもどうしていいかわからず持て余している感じだったから。どのキャラも迷走していたなぁ。今までただのCICの女の子だったのに、いきなり脱走に加わり、別陣営に下り戦場で姉に会い、その姉に向かって、お姉ちゃん!何で戦うのよ!ってセリフを聞いたときには、だからソレっ、戦場でっ、軍人に言ったらホントに可哀相だからっ!ホントにもうやっぱり何も進歩してない!そもそもあなた、そんなキャラ?まともなキャラはトダカ一佐とババ一尉を始めとするオーブの軍人達でした。
気がついたらこんなにも長くなってしまった…。すいません。結局何が言いたいか…。自分はラクス教の信者にはなれないってことです。2回目観ても…。あなたの愛はどうでもいいです!愛って言葉が軽く聞こえます!それよりも、ナチュラルとコーディネイターの種の行方はどうなるんでしょう?上位種よりもそっち!でもそんな事はどうでもいい。とにかくキラとラクスの愛は地球を救うんだ!という映画でした。えぇ、もう最後の最後まで…。
批判は何故?
(ネタバレなし)
公開から約2ヶ月。やっと見てきました
ここでは批判数が多く、何故だろうと思っていました
SEEDやSEED Destinyへの愛が強すぎるための
反動なのでしょうか?
かく言う私も、ZZのときは、反対派でした
何十年と時間をかけて、まぁアリかな〜と
思うようになったので、もしかしたら、
今反対してる人も変わっていくのかもしれません
さて、今作。
ガンダム関連作品としては、アリ中のアリです
SEEDが始まった頃、宇宙世紀外の作品として
毛嫌いしていましたが、SEED、SEED Destinyと
見るキッカケを得て、ファンになった経緯があります
(私の場合、まるでZZの評価の変化に似ています笑)
そして、やっと公開された今作。
まぁ、批判があるのは知っていましたが、
そんなに評価を下げる必要はないと思うのです
そもそも、自分の感情に合わないから
★1とか付けるのは、評価者としてどうかと思います
まるで、未だ子供だったシンを見てる気分です(笑)
SEEDの世界観を逸脱してるわけでもないですし、
両澤さんが残したプロットに沿って
作られてるわけですし
私自身★をいくつにするか悩みましたが、
他人の評価と関係なく、★5相当かなと思ってます
未来を生きるヒトたちへ
自分達と違う特徴を持つヒトを見つけると、何時の間にか、別者扱いする。昨日までは、同じ仲間だったのに、何か違う個性を見つけると、排斥バイアスが発動する。実はこれ、生物の種の保存本能に基づく行為らしいのですが、その先にあるものが、無理解、不寛容、イジメ、差別、分断、そして、戦争…。
誰も、分かり合うことはない。
映画化に時間がかかったのは、シリーズの脚本の方が、ご病気で逝去されたため。そして、その意志を受け継ぐ覚悟で、言葉を慎重に選んだため。刻を超えたヒトの想いが、込めらているんですね。テレビ版の、残虐なシーン。抗議の声が挙がったそうです。子どもに人体破壊シーンを見せたくない思いは、正しいものです。大人がイヤな顔をすることで、子どもは、世間の判断を知るからです。たださ、ヒトがヒトを殺すシーンを観て、スカッと爽やかな気分になりたいですか?。ガンダムはエンタメですが、戦争はエンタメではない。この矛盾と、どう向き合う?。
ガンダムが大地に立ってから、そのうち半世紀になります。コンテンツとしてのガンダムは、ずっと右肩下がりだったそうです。私も、富野氏の「V」が、余りに意味不明で、それ以降は距離を置きました。ガンダムに、何を求めるかは、ヒトによって違うでしょう。私も自分が、主流派だとは思いません。それでも世代を超えて、新しいユーザーに問いかける。その問いかけの先には、少なくとも、ガンダム観て、オレも戦争がしたい!。早くヒトを殺したい!。と云うパーソナリティーの持ち主は、いないと思います。多分ね。
お気づきと思いますが、これは、映画のレビューではなく、先日、某国営局が放送した、SEED制作メンバーのインタビュー番組のレビューです。いつか本編に挑戦したいのですが、仕事と家庭の事情で、レイトショー終わった映画は…。観なかったら、ごめんなさい。
富野氏の願うヒトの革新は、夢かも知れない。でも、その夢を引き継ぐヒトがいるのなら、どうだろう?。未来を生きる皆様は、新たる実を結び、さらにその先の未来に、どんなSEEDを届けたいですか?。他者への不寛容も、戦争も、映画やゲームのコンテンツだけになっている未来が、来たらいいのにな。
コーディネーター、ナチュラル、強化人間、レプリカント、ファティマ…。誰でも構いません。お互いが分かり合える、人の夢を見るのは、誰?。
ヒトは、人に成り得ると思いますか?。
追記
皆様のレビュータイトルを拝見。どうやらこの映画、ファンサービスムービーのようですね。それ以上でも、それ以下でもない。だからそれ以上を求める方が、転じて総攻撃をしている模様。ここまでレビュアーが、分断するのも稀有ですね。いずれにせよ、門外漢の私には、ちょっと敷居が高いかな。
SEEDからのファンですが
アニメと違って完全に敵味方という構図だったので戦後のしんみり感もなく殲滅して喜びあってて少しチープに感じました。キラとラクスの愛パワーsugeeeのアニメ。どこぞの魔○科兄妹みたい。正直、当時のキャラの声&アニキの歌が聴けたという点が大きく思い出補正評価です。
公式との解釈違いが甚だしい
現在鑑賞4回(公開前に7枚つづりのムビチケ出していた)。
無印大好きではまり込み、運命途中でテンション下がったんですが「あれで終わりはちょっと」と思っていたので映画はお待ちしていた勢です。
去年やっていた総集編(全7本)も映画館で観ました。
あの背景で、西川さんの「何度も平和の理念を誰かに問いかけてみたくて」という歌を聞いた時、本当に期待しました。
でも、結果としては「なぜこれを作った」でした。
悪い意味で、SEED……いや、TVシリーズより戦争がどうでもよさそうでしたね。戦争してたの最初だけで、中盤から後半は勧善懲悪みたいな感じ。お色気は気持ち悪いし、この短時間にギャグは要らん。
いいところもあったし(音楽や演者など)、細かいシーンも具体的に言えますが、マイナス要因が多すぎる。
特にアスランの破廉恥なアレ。
あんなことに、自分の愛する女性を使うような人でしたか、アスランって。
やっている事は「カガリの裸の動画を相手に見せる」なので、訴訟モノだし、何ポルノだという。
特に北米や欧州ではまずい気がしますが、よく許可しましたね、バンダイナムコピクチャーズさん。それとも海外向けでは、あそこ削る気でしょうか?
リモートでカガリとアスランが協力プレイして、シュラを翻弄し怒らせる、という方がよかった。
ここからは愚痴ですが…。
できれば監督は黙っていてほしい。
今も昔も、内容がいろいろと辛い。見なければいいと言われますが、SNS使っていると結構難しいんですよ……。
キャラデザインがブラッシュアップされていた。
ガンダムSEED・・・あのキャラデザインが苦手だったのですが、今作は現代にも通用するレベルでブラッシュアップされておりクセの強さが抑えられ好感を得ました。
作画・動画も非常に奇麗で見応えがあります。モビルスーツにCGが多用されていますが悪い意味でのCG臭さも感じず非常に良好です。
敵が絵に描いた様な如何にも胸糞の悪くなる典型的なウザい連中で、当初主人サイドをコキ下ろし馬鹿にしまくり無双してやっつけてしまいますが、なんだかんだ愛の力wでキラが勝利します。
めちゃくちゃ分かりやすくて、なんの捻りもありません。
まぁ元々SEEDはガキ臭く幼稚なので好きではありませんが、それでも楽しめました。
戦闘シーンもかなり多く派手なので、これは劇場の大スクリーンで見るべき映画だと思います。
途中から服で顔を覆うほど不快でした
あまりに酷すぎて初めて映画のレビューをします。
SEEDの存在は知ってたけど作画が苦手で観てませんでした。
良かった点
・はじめの西川さんの歌。TKさんと西川さんのコラボはあまりに良すぎて泣きました
・子安さんと大塚芳忠さんの声
・白髪ツノ髪型の敵キャラの歯が浮くセリフ
嫌だった点
・光量がすごい
・ラクスのスーツ
・ラクスの尻
・ラクスの胸揺れ(本当に吐き気がした)
・西川様の曲に合わせて合体しやがった??(もはや目を閉じてたからよく見てないが)
・愛愛って言うけど、こいつらが惹かれ合う理由がわからなかった。顔とか声とかが好みだっただけじゃ?としか思わなかった
・なんか腹の立つ豪邸(笑)
・アイメイクが可愛くない
・女キャラがピンク系の髪多い(個人的にバランス悪く感じるだけ)
・脱がれてへにょったスーツ
前半は比較的良かった(吐き気がしないという意味で)けど、後半はもうコート頭からかぶって光と音を遮断してました。
ラクス嫌いというか描かれ方が大嫌いです。
好きな人が自分に振り向いてくれず、なんで私じゃだめなの?と訴える2人(金髪ラスボスと寝返る女の子)の方に感情移入してしまう。
パートナーを選ぶとは?この人しかダメなんだ、ってなぜ思うのか?感覚か?
無駄に哲学してしまう、もやもや映画でした。
女性の身体を強調する描写でこんなに気分が悪くなるアニメは初めてです。
要約するとリア充ベテラン集団がぽっと出ハイスペック俺強ぇ勘違い童貞に喧嘩売られてボコボコに返り討ちにする話
先ずは不満点
ガンダムシリーズって、主人公サイドもその敵にも戦う大義があって、そのどちらにも納得出来る所があって…って所が視聴者の心を引き付ける部分ですよね?
今回の敵はその点全く心動かない。ラスボスが「コーディネーターを超える存在のアコード」加えてその特殊能力の精神感応と、前作でラクス本人からも全否定された筈の使い古された「ディスティニープラン」の二点でラクスを奪おうとし、上手くいかないと簡単にヒスを起こし強硬手段に打って出るなんて、ガンダムシリーズのラスボスとして薄っぺらすぎる。で、そんな敵なら倒した時はさぞ爽快だろうと思いきや、そんな男でも陰ながら密かに慕っている女性を何も報いる事無く道連れにした事で爽快感も半減…
ガンダムシリーズって、主人公の成長も見所ですよね?
DESTYNYで見せた達観したキラはどこ行った?1st主人公のアムロはZまでは軟禁状態で腐っていたものの、一旦立ち上がればカミーユ・クワトロコンビが手を焼いていたブランをたかが輸送機で撤退に追い込み、その後も鬱屈を抱えながらも頼れる前作主人公としてカミーユを導きクワトロを叱咤し、逆シャアでは主人公として返り咲き味方である筈の地球連邦軍に足を引っ張られながらも人の叡智と可能性を信じて戦い抜いたのに(1stから14年)、キラと来たらたった5年かそこらで現状に疲れ果て、その弱った所に付け込まれアコードの精神感応でいい様に操られたまでは仕方ないとしても、その精神感応の可能性や自分の失態をまるっと忘れて「ラクスは僕たちを裏切った」とヒスを起こした挙句、思い違いをアスランからガンダムシリーズ名物「修正」を受けながら「君たちが弱いから」等など信じてついて来た大事な仲間達への失言の嵐…これがSEED中盤時代なら孤軍奮闘で葛藤の真っ只中のキラに同情も出来たが、SEED及びDESTYNY各終盤で見せていた成長や覚悟を見た後にこれだと…退化・退行のいい見本。
ガンダムシリーズって、「モビルスーツの性能の違いが戦力の決定的差ではない」世界観でしたよね?
アムロは卓越した技術と経験で、カミーユ・ジュドーは計り知れないニュータイプとしての能力と死んでいった人々の思いで、ウッソは柔軟なアイデアで、TV版のキラもスーパーコーディネーターの力と未来をつかみ取りたい思いで各々最終決戦を戦い勝利を得ました。
今作のキラは、アスランは…なんかモビルスーツの性能ゴリ押し感が拭えません。キラはマイティーストライクになった途端ほぼ棒立ちで2種の大砲で戦局を覆し、最後にラスボスに切りかかって終わり、アスランも最後は初見殺しの隠し武装じみた一太刀で終了。パイロットの技術も工夫も見られず、かろうじて思いが乗ってたかな位の感想しかありませんでした。
ここら辺は一回観ただけでは理解できない部分や見落としがあるのかも知れませんが。
以下はそれでもよかった所
ガンダムシリーズって、世界観しっかりしてるのも魅力ですよね?
なんかC.E.世界なのにニュータイプ紛れてるんですけど…ニタ光出てるんですけど…
キャバリアー?名前はともかく見た目まで「ドラグナー」なんですけど…
でもお遊びとしては見てて楽しかったかなと…
シン・アスカって、TVでは可愛げなかったですよね?
今回はシンがカッコ可愛い。ちょっとギャグキャラ寄りで、その点他のレビューで叩かれたりしていますが、自分がキラならこんな後輩いたら毎日でも飯食いに誘う。前線を任せてもらえなくても以前の様にただ不満をため込んで周りに当たり散らすのではなく、自分の力量不足かと悩み、TVとは違った可愛い拗ね方をしてるし、前述の修正シーンでも明らかにキラに非が有るにも拘らずキラを庇ってアスランに食って掛かるし、(結果どさくさ紛れでキラからも殴られてたり…)こんななつかれ方したらラクスほっぽり出してシンとばっかり遊んでしまうかも…
で、戦闘でも頼れる頼れる。キラvsラスボス、アスランvs敵のNo.2、ルナマリアvs裏切り者で、他のネームドパイロット全て引き受けてそれでも無双状態。まさに「キラさんの邪魔をするなーーー!!」って感じの大活躍。戦闘での爽快感はこちらにあった。疑問なのはアコードの精神感応が効かなくなったのは種割れが理由なのかシンのギャグキャラ部分含めた特性なのか…ただ一つシンのパートで許せないのはあんなに綺麗な思い出だったステラを、たとえシンが見ていないとは言え化け物扱いした事。だからシンの存在だけで☆を増やしたかったのだけど、増やすに増やせないわだかまりが…
アスランって、いつも迷いながらキラに導かれる存在でしたよね?
今回逆です。キラが迷いアスランが導き、露払いもしてくれます。とても頼れる親友です。かつてシリーズ原作者の富野監督が「迷いを吹っ切ったシャアはアムロなんか瞬殺だ」って発言をしていましたが、迷いが無い今作のアスランは今作のキラを瞬殺できそうです。それだけに先述のキラの「君たちが弱いから」発言に余計にイラつきます。でもメイリンと行動を共にしながら、カガリともイチャついているのは「リア充爆発しろ」です。
他にもSEEDシリーズ初期はキラ視点でもアスラン視点でも鬱陶しかったイザークが一軍の将として、DESTYNY時代より更に頼れる漢になっていたり、相変わらずここぞという時に頼れるムゥさんだったり、ジャストタイミングで流れる「Meteor -ミーティア-」だったりと、見所は随所にあったはずなのですが、いかんせんキラの不甲斐なさと、敵の薄っぺらさが全てを台無しにしている作品だったかなと。シンのファンにはぜひ見て下さいと言えるんですが…。アスランファンには「見所有るけど出番少ないよ」
SEEDは無印で終わってたんです。
まず、自分は中学生の時に無印のSEEDを見て、大ファンでした。
特に後半10話にかけては、今までの伏線を回収し、どんどん盛り上がっていくストーリー。
戦争という過酷な環境に舞い込まれ、その中でも必死にもがき、葛藤し、時にはぶつかり、友情に決定的な亀裂が入っても、平和という共通の理想に向かって進んでいく少年少女に共感し、引き込まれていきました。
しかし、続編のデスティニーで見事に悪い方向へ裏切られた為、、今作はあまり期待せず鑑賞しました。
率直に言って、時間返して、というくらいひどいストーリー展開でした。
核ミサイル、核兵器をバンバン打ち合うわ、あっちこっちで男女の痴話喧嘩が始まるわ、あげくの果てに戦う理由に全く共感出来ない。
新型のモビルスーツがバンバン出て来るので、戦闘シーンを楽しみにしてる人はそこは良いんじゃないでしょうか。
自分と同じくストーリーに期待している人は本当に裏切られるので、見ないことをお勧めします。
なぜ脱ぐ
まあもう、SEEDの悪いところ煮詰めた感じの映画だった。
テーマは相変わらず戦争とNTR。話はテレビシリーズの流れをそのまま踏襲しているので、安心して見れるw
そしてテレビシリーズを超える、NTR連撃。旧被害者メイリンかわいそう。しかし、文字通り画面を占有する大活躍。ルナマリアよりメイリンだよなあやっぱな。
で、結論、もうこの映画は、オマージュを金かけて映像化したところが唯一の楽しみかもしれない。一応、ほぼそれしかなかったマーキュリーよりは少しマシ。
ニュースなんかでズゴックが話題になってたし、演習も凝ってたけど、自分は、近場に見参のアレが出てきたのが喜びポイントだった。
ハサは何度も見たけど、これをもう一回見るかっつったら、多分見ない。
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