「寄り添う者」前科者 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
寄り添う者
犯罪や非行を犯した人たちの更正や社会復帰をサポートする“保護司”。
本作と同時期に公開された『ノイズ』でもチラッと登場したものの、すぐ殺される散々な扱いだった為、本作が作られて良かったと本当に思う。
ここまで真っ正面から題材にした作品は多くなく、仕事内容や保護司そのものについても漠然としか知らず、詳しくは知らない。本作で初めて存在を知った人も多いとか。
一応は国家公務員。が、非常勤で、何と無給! ボランティアに等しく、二足のわらじで生計を立てなければならない。
信じられなかった。こんなにも大変で、こんなにも稀有な存在が無給だなんて…。
もっと陽の目が当たっていい存在だし、お金の事ばかり言って恐縮だが、報酬は出てもいいし、国は見直すべき。
でも、ただお金が目的だったら務まらないだろう。ベタで臭い言い方だが、お金には代えられないもの。
だから、もう一度言おう。本作を作ってくれた事に感謝。本作を見れて良かった。
同名コミックの映画化。前日譚に当たるTVドラマがWOWOWで放送された事も知っていた。(未見)
本作を見たかった理由は幾つかあった。
題材は勿論の事、
『あゝ、荒野』の岸善幸監督作。
近年飛ぶ鳥を落とす勢いで、女優としてますます目が離せない有村架純主演。
衝撃的だった『ヒメアノ~ル』以来の映画出演となる森田剛。
期待に違わぬ見応え。力作であり、秀作。
WOWOWドラマは新人保護司としての奮闘と、“前科者”との向き合いや関係に焦点が当てられているよう。
映画版を作るに当たって悩んだだろう。勿論それらを描きつつ、それだけだったらドラマ版の二番煎じになってしまう。
そこで並行して描かれるのは、事件サスペンス。
保護司・阿川佳代。コンビニでバイトしつつ、前科者の更正の為に熱心に取り組む日々。
彼女の保護観察対象の前科者に、元受刑者の工藤誠。職場のいじめが原因で同僚を殺し、服役。仮釈放され、車の修理店で働く。物静かだが実直な態度で、社会復帰間近だった。
社会復帰したら、工藤が好きなラーメン屋でお祝いを考えていた。
そんなある日、警官の銃が奪われ、その銃による連続殺傷事件が発生。
と同時に、工藤が姿を消す。工藤は何か事件に関わっているのか…?
工藤は犯人なのか…?
…いや、犯人はすぐ判明する。
ある日、工藤の前に現れた青年。工藤の弟、実。
この兄弟、壮絶な過去を持つ。
幼い頃、DV義父が母親を殺す場を目の前で目撃。以来、施設での虐待、職場でのいじめ、この社会も決して手を差し伸べる事無く、陽の当たらぬ人生を歩んできた。
実が殺傷した人物には、共通点が。
殺される前助けを求めるも、何もしてくれなかった警官。
相談するも、力になってくれなかった福祉職員。
虐待した施設職員。
動機は、母親や自分たちを苦しめた者たちへの復讐。
実はもう一人、復讐をしようとしていた。その人物とは…。
実の犯行にショックを受ける工藤。弟の犯行を止めようとするが、その人物を見て…。
前科者はまた罪を重ねてしまうのか…? 真に更正は困難なのか…?
ならば、保護司の存在は…? 救う事は出来ないのか…?
事件捜査サスペンスとして、粗や難も目立つ。
事件を追っているように見えて、結構ご都合主義。
工藤ばかりマークして、もう一人(=弟)の存在に誰も気付かなかったのか。
撃たれた警官から過去の経緯を聞き出す為に、オイオイ!…の暴力。昭和のTVの刑事かよ!
事件を追うベテランと若手の刑事コンビ。若い刑事の滝本は、佳代の中学時代の同級生で、元恋人。思わぬ再会を果たし…って、何かちょっとチープ。
二人の過去にはある“影”があるものの、その設定って絶対的に必要…? あの唐突のラブシーン、いる…?
不満点が多くなってしまったが、決して否定レビューではない。寧ろ、絶賛レビュー。
サスペンス・パートもエンタメ性があり、お陰で物語に引き込まれた。
ドラマ性も充実。
佳代は何故、こんなにも前科者の為に奔走するのか…? それにはある“過去”が…。彼女自身も壮絶な過去があり、保護司を目指した理由も語られる。
前科者の更正は『すばらしき世界』。社会的弱者の苦しみは『護られなかった者たちへ』。それらと通じる点あり。
同じテーマなどではない。我々が何度も何度も、向き合わなければならないテーマなのである。
岸善幸監督の演出は『あゝ、荒野』ほどKO級ではなかったものの、真摯にドラマを語っていく。
やはり特筆すべきは、キャストの演技。
有村架純はいつからこんなに巧くなったのだろう。
…いや、元々巧かった。それがさらに増して、最近は絶頂期もしくは円熟期にいる。
本作での、真っ直ぐで、ユーモアを交えつつ、苦悩をも抱えた熱演。そこから滲み出る、前科者との触れ合い、時には母性。あるシーンのビンタは、見ているこちらの目をも覚まさせ、気付かせてくれるほど。
“可愛い”から、絶対的な信頼ある女優へ。次は一体、どんな魅力や演技を魅せてくれるだろう。「惚れんなよ」なんて言ってたが、惚れてしまう!
そして、森田剛。
私が“役者”としての森田剛に衝撃を受けたのは、『ヒメアノ~ル』一本。それ以前にもTVドラマや舞台で活動していたようだが、ほとんど見ていない。V6時代もよく知らない。
ミーハーと思われてもいいが、あの『ヒメアノ~ル』一本で森田剛の実力を知るに充分だった。そして本作で、それは確信を得た。
前科者としての悲しみ、苦しみ、弱さ、怒り、人としての本来の優しさ…。それらを有無を言わさぬ圧倒的な演技力で体現。しかもそれを、台詞は少なめに、表情や佇まいで体現。
相当な複雑難演だったろう。かなりの演技巧者しか出来ない。
舞台で鍛え上げられた賜物か、役者として秀でた実力あったのか。
岡田准一は演技力ありつつ主演スターの華と風格だが、森田剛は凄みと存在感ある演技派。
他キャストでは…
若葉竜也の危うい雰囲気、今にも壊れそうな弱さ。
マキタスポーツのベテラン刑事のハマりっぷり。
宇野祥平のユーモア、人の良さ。
リリー・フランキーのさすがのインパクト。
中でも、石橋静河。重たいテーマの中で、あっけらかんとした癒し。さすがは名優夫婦の娘。TVドラマからの続投で、佳代と彼女の出会いが綴られているとか。機会があったら見たい。
役の必要性があまり感じられなかった為か、磯村勇斗だけ一人浮いてた気がする。決して大根役者ではないのだが。
実が復讐しようとしていたのは、義父。この兄弟の転落の元凶。
義父は刑期を終え、社会復帰している。
工藤はまだ社会復帰果たしていないというのに…。実に至っては未ださ迷い、苦しみ続けているというのに…。
いや何より、母親を殺しといて、自分だけのうのうと生きている。
勿論決してこの義父も恵まれた生活は送っていない。義父も“前科者”として苦難はあった事だろう。犯した罪への後悔や反省も感じているだろう。
が、犯した罪の“余波”。自分が原因で息子が今殺傷事件を起こしているとは、そこまで思わなかったようだ。
銃を突き付けた息子と“再会”した時の表情がそれを物語る。
愚かであり、哀れでもあった。
それは義父以上に、この兄弟。
復讐でしか悲しみや苦しみを晴らす事は出来ないのか。
結局、実を救う事は出来なかった。あまりにも残酷過ぎる。
ならば、工藤は…?
彼自身は、この事件に直接的に関わっていない。
が、少なからず加担し、罪は免れない。せっかく培ってきた更正と社会復帰の道をフイに…。
どうする事も出来なかった。が、同情はするが、“仕方ない”では済まされず、それは自分の愚かさと弱さでもある。
真に更正は困難なのか…?
自分の弱さや社会の不条理に呑み込まれたら、それはそれは困難だろう。
…一人では。
自分の力で努力しろ! 社会や他人に甘えるな!…と言う人もいるだろう。
ならば聞きたい。そう言う人は、誰の何の助けも無く、人生を歩んできたのだろうか…?
そういう人はほとんど居ない。
人は必ず、助けられて、助け合って、支えて、支え合って生きている。
前科者でなくとも、前科者であっても。
手は平等に差し伸べられる。
助けを求める相手も重要だ。
偉そうな権力者、事務的な職員…そんな世間の“代表面”は断じてお断りだ。かえってイライラを助長させるだけ。でもほとんどが、そういうのしか居ない現実…。
私も苦い経験ある。『護られなかった者たちへ』のレビュー参照。
全てが全員が、そうではない筈だ。
この救いの無い社会の中にも、きっと、必ずいる。
同じ目線になってくれる人。
時に親身になって叱り、自分の事以上に心配してくれる人。
牛丼やラーメンを一緒に食べてくれるような人。
自らも傷付き、悩み、懸命に向き合ってくれる人。
佳代が保護司を目指した理由。
中学生の頃、暴漢に襲われそうになった。
その時ある人物が助けてくれたものの、その人は刃に倒れた。
(その人物こそ滝本の父親なのだが、赤の他人でも成り立っていたと思う)
以来、トラウマに。
そんなある日、かつての暴漢のようなフラフラの男を目撃する。
一人の女性が手を差し伸べる。後で知った事だが、その女性は保護司。
その時女性が言った言葉が忘れられない。まるで、自分に言った言葉に聞こえた。
保護司という存在が居て、加害者は立ち直れる。犯罪だって止められる。
被害者も救われる。あの時の自分のように。
そうありたい。そうなりたい。
自分が救われたように。
今度は自分が手を差し伸べる。
人は過ちを犯す。が、それを悔い、やり直す事が出来る。
その助けになりたい。
人の為に。
それを“偽善”と呼ぶ輩も社会にいる。
いつか必ず恥じ、感謝するだろう。
“偽善”と貶していた“善意”に救われる事を。
人が人の為になるシンプルで尊い行為を、どうして社会は素直に受け止められないのだろう。
そういう社会や人間関係であって欲しくない。
理想的かもしれないが、理想的な社会や人間関係であって欲しい。
当初は“前科者”というタイトルに違和感を感じた。
保護司を題材にしているのだから、“保護司”の方が合っているのでは…?
だが、見ていて気付いた。
前科者の更正。あくまで保護司はそのサポートをする。
広く知られていない。報酬も無い。日陰のような存在。
だが、居なくてはならない尊い存在。この社会と人々の為に。
劇中で度々“先生”と呼ばれているが、そんな大層な存在じゃない。
弱くもあり、真っ直ぐな信念を持った温もりを持った人。“友達”のような。
寄り添う者。