「せめて漫画だけでも事前に読んでおくべき」劇場版「オーバーロード」聖王国編 akdtmhtm2(64967さんの映画レビュー(感想・評価)
せめて漫画だけでも事前に読んでおくべき
聖王国編を見たあと原作小説を読み直した。
映画はよくできていたなと思った。
作者は知識経験の豊富なTRPGプレイヤーであるため、世界観構築と戦闘シーンをルールブック片手にサイコロ降ってプレイしているように描けるという稀有の才能がある。
オーバーロードはゲームマスターのリプレイ小説としての側面があり、戦闘シーンが「ゲームシステム的に」ずば抜けて説得力がある。
そのうえで主人公を邪悪なアンデットに据えたうえで「精神も邪悪なアンデットになっている」のが本作品の魅力ですね。
主人公は人間を虫けらにしか思えないし、それはたとえ「前世の人格」があっても変わらない。
ほかのアンデッドのように生者への憎しみは無いけれど、愛情もない。
主人公の愛は一緒に転移してきたNPCたちに注がれていて、他はすべて切り捨て可能。損得で考えるべきものなんですね。
こういう強烈なキャラ設定で、なおかつその部下たちはごく一部を除き邪悪側です。
デミウルゴスとかね。
そんな「ガチ悪の組織」もゲームであればアライメント(属性)の設定でしかなく、どんなに倫理に反したことをしても「役割を演じている(ロールプレイ)だけでしかない」のですが、現実化した今は洒落になりません。
あなたがヤクザゲーム「龍が如く」をプレイしていたらヤクザとしてプレイヤー転生してしまったらと考えてください。
「いや実はぼくは普通の小市民なんだよね、えへらえへら」と言ったら最後、どうなるかわからないという恐怖に震えますよね。
オバロの主人公も震えてました。少なくとも最初は。
なので日々「偉大な悪の支配者」を演じざるをえない主人公はやることなすこと滑稽になる。
そんな悲哀が読者にとって愛らしく見える。
このあたりがエンタメとして成立する最大要因なんですね。
ところがですね。
聖王国編は違う。
違うんですよ。
この映画が、ということじゃなくて。
原作からして「これまで微妙なバランスをとった愛らしさと邪悪さのハイブリッドだったオーバーロード」では無くなっているんです。
一線を越えちゃったんです。
「悪い奴らなんだけどいいところもあるみたいな幻想を抱ける余地」が綺麗に無くなってます。
ナザリックは邪悪。ガチで邪悪。アメリカ帝国におけるCIAぐらい邪悪。
そう読者の認識を改めさせる「中興の祖とでも言うべき立役者」それが聖王国編なんです。
さて。
そんな読者にとってもつらい原作なのに、映画では原作にあったコミカルもしくはエモーショナルな描写が無くなっていて、ナザリックの邪悪さと翻弄されるネイアが狂信者になってゆく過程のみにフォーカスされています。
脚本構成家たちも悩んだと思うんですよ。
「蒼の薔薇」一行たちと聖王国一行との会見がカットされてました。
シリーズ作品というのは「過去に人気のあったキャラたちで読者の興味をひきつけ、物語に新展開を与える新キャラでプロットを引っ張る」ことを鉄則としてますが、原作小説の聖王国編・上では「蒼の薔薇」プロットで客をひきつけて新キャラだけでは失われがちな吸引力を維持してました。そういう構成なんです。
聖王国編・下ではナザリック勢、特にアルベドとデミウルゴスとの茶番劇の仕込み、打ち合わせプロットが新キャラだけでは足りない吸引力を人気キャラたちで埋めるという、物語創作定番テクニックが使われてます。
硬軟織り交ぜて、ゲスい展開でウゲエってなる読者を最後まで強引にひっぱっていくのです。
まあ、そういうわけで映画は映画で原作が示したかった「ナザリックは邪悪であり、ネイア・バハラは哀れ可愛い」をきっちり描いていたから、取捨選択において間違ってないと言えます。
そしてカットされたところは「キツい展開で読者の心がへし折れないようにしたバファリンの半分は優しさみたいなモノ」だということを書いてみました。
つまり映画は原作者の優しさをカットしたのです。
理想は優しさ込みの90分映画を前後編で二本作ることだけど、映画の製作はお金がかかるし赤字だけは絶対に避けたかったのでしょうね。
二時間超えの大作なので製作費は五億円程度だと思われます。
現時点の動員が44万人、興行収入が7億1600万円を超えている数字を思うとギリギリで賭けに勝った感があります。
とはいえ、この興行収入なら「半森妖精の神人」も作ってもらえそうで何よりと思えます。おめでとうございます。これも優しさ抜きの聖王国編をちゃんと面白いと思ってくれたファンの優しさの賜物かと思うのですよ。
まあ、原作もアニメも漫画も未読でこれだけ見た人は交通事故にあったようなものかと思うんですけどね!
事前情報抜きでこの映画の本質や意図をきっちり見抜いて、なかなか面白いねと言える人って良い意味ですごいですよ。ファンでも首の皮一枚ってところです。