「偽名の墓」カウラは忘れない Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
偽名の墓
「カウラ事件」は、自分は全然知らなかった。
しかし、帰宅後、ネットを見るとWIkipediaだけでなく、書籍もテレビドラマ化もあり、皇室の訪問さえあったらしい。
Googleで地図で見ると、町の北北東に「POW (prisoner of war) キャンプサイト跡」を見つけることができる。さらにもう少し北には、「ジャパニーズ・ウォー墓地」がある。
この映画ではなぜか全く触れられないが、捕虜キャンプは4ブロックに分かれ、「A」と「C」にイタリア人、「D」に日本人将校など、そして「B」に日本人下士官や兵卒が収容され、この「B」コンパウンドが本作の脱走事件の舞台だったようだ。
96分の作品だが、前半を「歴史編」、後半を「現代編」と分けることができるかもしれない。
前半の「歴史編」では、4人の生存者の証言を中心にして、経緯や内部事情が明かされる。
本作のテーマは、「生きて虜囚の辱を受けず」という「戦陣訓」に基づく、捕虜たちの“自殺的脱走”だ。
「捕虜になったことが内地で分かったら、家族が村八分になる」とか、「どうせ生きて帰れない」という絶望感があったようだ。
それゆえ、収容所では“偽名”で通した人も多かったらしく、日本人墓地には“偽名の墓”が並んでいる。
後半の「現代編」は、歴史ドキュメンタリーの観点からは、冗長な印象を受ける。
カウラでのオーストラリア人の行事、若い日本人学生の訪問、脱走をテーマにした演劇などが映される。現地オーストラリア人の関心の高さが印象的だ。
証言者の一人は、他の証言者3人と大きく違った経験をしたハンセン病患者の立花さんであるが、後半は尺を割きすぎだと思う。映像にしたところで、兵士たちの深い思いが伝えられるわけではあるまい。
“脱走”兵士の思いは観客も想像できるし、学生の感想が観客を代弁しているとは限らないし、演劇が実際の状況を語るわけではない。
歴史事実を語り、あとは観る者に委ねることも必要ではないだろうか?
しかも、終映後の山田真美さんのトークによれば、実情はもっと複雑のようである。
事件の“公的”原因は、事件直後の調査証言に基づくものにすぎないらしい。
4人の証言者は、比較的収容年月が浅い、後方部隊の元兵士である。
“突撃ラッパ”を吹いた偽名「ミナミ」(本名:豊島一)のことだけは触れられるが、事件を主導した他の首謀者や、「D」コンパウンドにいた将校たちのことは語られない。
そもそも、証言などせずに、人に言えないことを墓場まで持っていく兵隊の方が多数なのである。
いずれにしても、本作品は、自分のような何も知らない人間に対する“人門編”だ。
後半は冗長で、正直なところ、前半で語られた悲劇の歴史への感情が、むしろ冷まされてしまった気がする。
96分の上映時間なら、より多角的にアプローチして欲しかったというのが、率直な印象である。