スーパーノヴァのレビュー・感想・評価
全57件中、21~40件目を表示
難しいなぁ...
「愛しているなら許して欲しい…」って
いちばん難しいやつ。
「ブラックバード」だったり、「痛くない死に方」だったり…
自分の選択肢がそうなのか、
それとも映画業界に尊厳死的なテーマが多くなっているのか、
世の中の風潮なのか…
とにかく難しい問題。
逝く側、遺される側、どちらの気持ちも、現実にそこに在るから。
でも、もし、自分が生きる側なら、やはり、心の辛さを我慢して、
逝く側の思いを尊重するようにしたい。
逆なら自分の気持ちを優先させて欲しい。
日本の法律が許すならだけど…。
盛り上がりは然程ないが、淡々と描くことにより、リアルさが増しているし、
二人の心の繋がりの強さを余白で感じ取れる。
風景も美しく、二人の押さえた演技も素晴らしく、深く心に染みました。
スーパーノヴァ
2人の主人公の演技が自然でいいですね、
出来れば部屋で生活してる所からの映像で
キャンピングカーで出かける
そうして欲しかったです、編集と音楽
音楽は2人の思い出の音楽を
もっと流して欲しかったです、
最後は自分なりの解釈なんですが
亡くなった後
月日が流れて
コンサートを開いてる様に
ピアノを弾いている顔から
懐かしんで、あの頃を回想して
微笑んでいるように見えました、
テーマを重くさせないように
亡くなる部分を見せないで
コンサートでの終わり方に
頑固さと、賢さと、亡くなった方の
思いが表現されてるのかなと
思いました。
沢山泣く用意をして行きましたが
そんなには、泣けなかったです。
スッキリせず
まさかあんなエンディングだとは。意味が理解できず、どうなったのかが消化不良。どっちだったのだろう?それまで、切なさにしみじみとしながら観てきたのに。各人、自分なりの解釈で、というのはやめて欲しい。死んじゃったのだと解釈することにするけど。
ところで、あれがコリン・ファースだとは最後まで思わなかった。年齢のせいなのか、ヒゲのせいなのか。
相手のことを思いやる方法は人それぞれ。
軽度の認知症を患う作家のタスカ―とピアニストのサムの熟年ゲイカップルの話。
旅行中にタスカ―が認知症を患い周りやサムに迷惑がかかることを心配し、尊厳死(自死)を選ぼうとするが、それに気づいたサムが一緒に生きていきたいと人生を見直す作品。
これはゲイカップルであるが、どの夫婦・カップルにもあり得る光景である。認知症になると、本人も介護する側も大変である。どんな選択をするかはそれぞれであるにしても、ともに生きていける最善の選択をしていきたい。
大自然のシーンが多いので雄大な自然がその葛藤するカップルを包み込む。
切ないけれど
120本目。
芝居と分かっているけど、日常会話に感じてしまう演技力。
大切な、共有したい思い出も共有できなくなると分かってしまうと切ない気持ちなる。
愛しているからこその覚悟なのか、思いやりなのか、我儘なのかは観る人の自由だとは思うけど、あそこで匂わせているから、切ない気持ちに涙腺がと言いたい所だけど、後ろのオッサンのすすり泣きが気になり、そこまで感情を持っていけなかった。
答えはないけれど
この物語は、観るこちら側の「認知症患者への介護経験の有無」で感想が大きく変わる作品だろう。たとえ病状が進行しても、すべては忘れない、忘れることはできない。想像を絶する生命の波紋に共に揺るがされる激動の日々を経て、そしてそれがいつか穏やかな慈しみの時間へと変わる。死はその終着点。私の経験ではそんな想いに至った。
コンサートを終えてサムがあの家に帰ると、何気ない顔をしたタスカーが「おかえり」と微笑む。幾度となくあったこれまでの様に夕飯の準備をしながら、でも少しばかりの失敗もしながら(例えばシチューの塩味が強過ぎたり?)。
昨日の続きの今日にはいろんな今日がある。すっかり病人になってしまったかと思う日もあれば、まったくもって真っ当な意見でこちらに注意勧告してくる頼もしい日だってある。決して世界のすべてが変わってしまう訳ではない、いつだって昨日の続きの今日なのだ。病気であろうとなんであろうとそれは決して変わらない。
サムとタスカーの思い出を巡る旅は終わっても、ふたりの生きる日々はこれからも続いてゆくだろう。いろんな今日を越えて、まだ見ぬ明日を夢見つつ、今夜も狭いベッドの中でふたりは眠る。今までにない新しい素敵と決意と覚悟を抱えながら、いつかたどり着くその先の終着点まで。
と、そんなエピローグだったらいいなあ、なんて思ったり。その答えは観る人それぞれ、ですね。
辛い
これは恋人ではなくても、介護している親にも当てはまる映画。だんだん何もかも忘れて、世話をしてくれる人が誰なのかも分からなくなる。まさに実母の介護がそうだった。でも死ぬまで介護はやめられなかったし、彼のように自分で選択する意思すらなかった。彼の小説のネタ帳の文字がだんだん意味不明になっていくシーンが特に泣けた。
失うのが悲しいなら、それは良きものだったのさ
認知症が進行する作家と、寄り添うピアニストの物語。お互いを深く愛するがゆえの深い悲しみと、相手を思うがゆえの決断。二人の絆の強さが十分と伝わってくるのは役者の確かな技量の証だ。
しかし、とりとめて新鮮味を感じることがないせいで退屈でもあった。おまけに、やがて来る別れを覚悟しての旅には悲壮感しかなく、ジメジメしすぎている。それがいいというのなら構わないが、「そういう話は何度も見てもいるし聞いてもいるし」という感想しかなかった。これが自分なら、身内なら、愛する人なら、と想像もしたが、物足りず。まるでエクスタシーを感じることができずじまいのセックスのようだった。
普通
普通な作品
それ以上でもそれ以下でもない
良くなるチャンスはいくつかあったと思う
例えばイギリスの湖水地方(?)の風景の美しさとか
印象的な音楽を使って場面を盛り上げるとか
なんかそうゆうのがなかったかな
悪くはないんだけど月並みで良くもない印象
まぁ、ドラマを盛り上げる為には他の要素が邪魔になる時もあるだろうから
別になくてもいいんだけど
それにしては今度は話が弱い
今時ゲイカップルなんて珍しくもないので特に意識せずただカップルとだけ思ってた
男女でもあるようなすれ違い、やってくる離別に対して打つ手がない様子など
演技もよく、話が盛り上がっていくのだが
結果を出さない感じだったね
それはいいんだけど一回仕切り直してまで入れる必要のあるピアノだったかな?
何て言うか、もうひと山来ないとちょっと月並みで終わってしまうよね
ま、それも悪くはないんだけど
俺は何か新しいものを付け加えて欲しかったかな
個人的には最後の旅行としてもっと旅で引っ張っても良かったんじゃないか?
って思ったな
ロードムービー好きだからかも知れないけどw
前半観てどこかに旅行行きたくなっちゃった
結果的にはそんな感情を呼び起こしてくれた作品でした
セリフが少ない
セリフが少ない分セリフの力を感じられません。ゲイカップルならでは、からこその内容が確認出来なかったので、ゲイカップルの設定意図に疑問を抱きます。シチュエーションや主人公カップルに関して説明が少な過ぎるので、共感や想像の材料がもっと欲しいです。
愛情の深さは一緒
監督は異性、同性関係なく愛情の深さに変わりはない、ってことを描きたく本作を作ったそうです。
はい、それは静かで美しい映像と共に、十分に描いていたと思います。
主人公のカップルは旅にでています。その道中は、彼らの起伏ありつつも豊かであろう人生をなぞるかのようです。この演出とてもよいです。二人の会話を始め、作る空気感も見事です。さすがの演技力です。
全体的にセリフ少なめ、少ない描写で的確に説明してくれますから、ゆったり静かにクライマックスに向けて、物語が厚く厚くなっていきます。
愛するが故の言葉の数々に、想いの大きさに見てる方はホントに辛いです。頭だけの理解ではどうにもならないことだらけですよね、この世は。
ラストのまとめ方は余韻を楽しめ、、、いや、楽しむではないな。ずっと僕はこのエンディングの解釈について考えてしまってました。作中の二人がとても好きになってしまい、幸せになってほしいなぁって思ったからではないでしょうか?ワンコのルビーも可愛い。
答えは一つじゃない。愛の形の数だけあるんだろうな。
秀作です。
表面をなぞっただけのおきれいな映画
カップルの片方の痴呆症が進行している、その時に双方に生じる葛藤を描くんだ、というのは事前に明かされているこの映画の主題であった。
実際に観たら、事前情報以上の掘り下げがなかった。あの展開はありふれている。タスカー(患者)が、それを支えるサム(パートナー)が、時間をかけてどのように葛藤し、ぶつかり、あのような結論に至ったか、これがドキュメンタリーでなく作られた物語であるなら、もっと掘り下げるべきだった。美しい絵面と俳優の演技に委ねすぎだ。
深みの足りないひとつには、回想シーンを使わず、長セリフで説明をさせることも避けた撮り方があるだろう。彼らが作家として、ピアニストとして、これまでどのような人生を送ってきたか。どのような価値観の人物か。短くない時間にどのようにパートナー関係を構築してきたか。もしもっと描かれていたなら、彼らが葛藤から決断に至る過程を、鑑賞者も想像しやすかっただろう。
重要な主題でしたが、制作者には覚悟が足りなかったと思う。ゲイカップルであるということを殊更強調しなかったのはよかったです。
滲み出る想いも、湖水地方の雄大な景色も美しい
長年連れ添ったパートナーとの切ない最後とイギリスの壮大な自然を写し出す、話はそれだけ。
だか、それだけと言うには恐れ多い程、愛情に溢れている2人の演技は素晴らく切ない。
それだけに、最後のあっけない感じは否定できない。
結末
コリン・ファースの映画を観るのは「英国王のスピーチ」以来と思っていたら、「1917」にも出ていたのね。
さて、この映画の結末は、自分はコンサート会場にタスカーがいるものと思っており、一緒に観ていた妻は、自殺を許したのだろうという解釈。
いずれにしても、アルツハイマーという、自分にもおそってくるかもしれない病で、考えさせられました。良作。
君が僕を知ってる
芸術家同士(音楽家と作家)の中年のゲイカップル。作家のタスカーがアルツハイマー病となり、近い将来サムに迷惑をかけることや自分の哀れな姿を最愛の人に晒すこと案じていた。サムは薬で進行を抑えながら、最後の時までパートナーを支える心づもりでいる。二人の出会いの場でもあった湖水地方にキヤンピングカーで出かける。サムの演奏会の予定にあわせ、サムの姉夫婦の家に寄るなど、時間の余裕を持って出掛けた二人旅。旅の計画はタスカーが立て、運転はサム。
天文観測は二人の趣味。望遠鏡を出して新しい星を発見したいというサム。タスカーはサムの姪っ娘に恒星の最後の話をする。星のかけらはめぐりめぐって人の身体の一部になると。
映画の冒頭、星座(オリオン座?)と明るい大きな恒星が現れ、次第に無数の星が満天の空を埋め尽くすと、明るい大きな恒星はいつの間にか消えていた。
旅の出だしはドノヴァンやデヴィッドボウイの挿入曲にきれいな景色や森林のシーンで、大自然でのキャンプを二人で楽しむノリだったけど。コリン・ファースとスタンリー・トゥッチによるヒューマンドラマ。
最後はタスカーが好きだけど、なかなかサムは演奏してくれないと言ったクラシック曲をグランドピアノで演奏するサムの映像で終わる。うーん、どっちにしても、残される方がつらいのは確か。遺書がわりの録音テープを聞くのが早いか遅いかは問題ではない。でも、安楽死のための麻酔薬(バルビツール系)のバイアルを見てしまったら、ショックだね。
でも、このおじさんカップルはお互いをよく知り尽くしているので、ウソをついてもすぐわかるし、どんなことを考えるかも大体わかってしまうのが、つらいけど、何十年一緒に暮らしても肝腎のことはわかってない夫婦よりずっとしあわせなんじゃないだろうかとおもった。
全57件中、21~40件目を表示