「蠅の王」ヴォイジャー レントさんの映画レビュー(感想・評価)
蠅の王
本レビューは「蠅の王」のネタバレを含みます。地球温暖化で食糧危機を迎えた人類は第二の地球への探査計画を進めていた。その計画に選ばれたのは人工授精により選りすぐりの遺伝子を持って生まれてきた子供たちだった。
超光速航法による恒星間航行やコールドスリープ技術が開発されていないため、目的地まで86年間かかる長旅を数世代にわたって成し遂げるためだ。
子供たちは困難な任務を成し遂げるために隔離され英才教育を施された。その上、航行中の食事では彼らの感情を抑制するためのブルーという薬品の投与も秘密裏に行なわれていた。
それに気づいた乗組員のクリストファーとザックはブルーを飲むのをやめてしまう。初めて味わう感情の高ぶり。彼らは生まれて初めて味わうこの感覚によって生きている実感を味わう。
他の乗員も彼らに倣い投薬をやめるとたちまち船内は高校のプラムのような賑わいに。本来なら青春を謳歌していてもおかしくない年ごろだった。
彼らは自分たちの人生を楽しんだ。感情を手に入れて自分らしく好きなように生きたい。しかし感情を手に入れたことで性欲、嫉妬、憎悪、などといったそれら感情に彼ら自身が支配されてしまい、船内の統率が徐々に乱れてゆく。
次第に彼らは二つのグループに分かれ権力争いを始める。と、この辺まで見ていてある映画を思い出した。「蠅の王」だ。
あの作品は無人島に漂着した少年たちが不安や恐怖にさいなまれ、次第に疑心暗鬼になり二つのグループに分かれて互いに殺し合うという内容だった。人間が元から備えている残虐性を見事に描いた作品だった。
なんかそっくりだなあと思ってたら、ザックのデマによってパニックになった乗組員たちがインド人の乗組員をリンチして殺してしまう。その後、普段からからかわれていた黒人の女の子が皆を諭そうとして銃で撃たれて死んでしまう。まんま「蠅の王」じゃないか。
これはもしかするとリチャード以外の大人が船内に潜んでいて、実はこれすべてがシミュレーションでしたみたいなオチかなと思ったけどさすがに結末は違いましたな。ちなみに「蠅の王」のオチも正確にはちょっと違うけど。
ザックはリーダーの座とセラをクリストファーに奪われて道を踏み外す。彼は反旗を翻し、無理やりリーダーの座に就こうとする。すったもんだの挙句セラとクリストファーはザックを倒してことを納める。
大人たちはまさに今回のようなことを恐れていた。人類は今まで散々感情のままに、己の欲望のままに互いに殺し合い、地球環境を破壊してきた。経験上それが分かっていたからこそ彼らに同じ轍を踏ませたくないとしてブルーを飲ませていたのだ。
新しくリーダーとなったセラは今回のようなことが起きてもブルーの投与を再開しなかった。私たちは二度と同じ過ちは繰り返さない。自分たちにはきっとできるはずだと。
その言葉通り彼らはついに成し遂げる。彼らは蠅の王の少年たちではなかったのだ。
大人たちが引き起こした地球温暖化、その地球を引き継がされるのは次世代の若者たち。この映画の乗組員たち同様、若者たちにしてみれば大人たちの尻拭いさせられるなんてたまったものではないだろう。
冒頭の受精卵がたちまち胎児になるシーンはすごかったし、結構映像に安っぽさはなかった。