「アクション・シーンの在り方を再構築した知的なおバカ映画w」Mr.ノーバディ 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)
アクション・シーンの在り方を再構築した知的なおバカ映画w
1)冒頭から20分まで
映画が始まって20分は、主人公の地味でおとなしい、強盗にろくに抵抗もできないサラリーマン生活を、同じことの繰り返しの毎日を退屈そうに描いて見せる。ゴミ出しし損なって奥さんから文句を言われ、警官から小馬鹿にされ、同僚からはこれで家族を守れとピストルを突き付けられ、しかし何も言い返さず黙々とバス通勤する弱っちい姿を、これでもかと言わんばかりに強調するのである。
ところが娘の猫のブレスレットまで奪われたらしいと知り、突如彼は変貌してしまう。
そのスジの怪しげな場所に強盗の身元を探りに行くのだが、初めは笑い者にしていた屈強そうな連中が、彼の手首の入れ墨をちらりと見た途端、水戸黄門の印籠よろしく全員が恐れ入ってしまい、大いに笑える。
2)主人公の職業は「会計士」か「監査役」か
実は主人公はその昔、アルファベット3つの略称の政府組織=FBIで働いていたという。だが、普通のエージェントなどではないらしい。その仕事は、字幕版では「会計士」に、吹替版では「監査役」になっているので困るw
英語のセリフはauditor。辞書によれば「会計検査官、監査役」でどちらにも取れそうだが、「会計士」という場合、普通はaccountantを使うし、会話の内容から言っても「監査役」が正しい。
会社で言えば、会計士は会社の業績や資産状況から正確な決算を行い、取締役会や株主らに報告するのが役割、監査役はその決算内容や、会社の業務全体の合法性や妥当性をチェックして、まずいところがあれば取締役会に報告するお目付け役だ(大企業では外部監査として公認会計士監査が義務付けられていることから混同しやすいが、基本的な職務は上記の通り)。
ただし主人公は恐らく裏方のヤバい「監査役」で、違法行為お構いなしに組織を粛清する掃除屋らしいのである。
このお目付け役は強盗の居場所を聞き出すやただちに部屋に押しかけ、ボコボコにしてしまう。だが、これはほんの手始めに過ぎない。
彼がとてつもない超人ぶりを発揮するのは、その後、乗り込んだバスの車内にギャングたちが乱入してきてからだ。
3)本作の真価~アクション・シーンの在り方の再構築
もちろんバスの中でギャングたちとバトルになるのだが、主人公もギャングたちも素手でボコボコ殴り合い、ヒイヒイ言いながらも相手を攻撃し続ける。武器はコブシ、ナイフ、ビール瓶、バスの手すり用パイプでぶん殴ったりする。そりゃー痛いよww お互いに殴り合い、ナイフで刺し合って皆が皆痛がってるのがおかしいし、何とも痛快なのだ。
その痛快さが何に由来するのかちょっと考えてみたら、本作にはアクション映画、バイオレンス映画の常套手段となっているカンフーが一切出て来ないからだと気づいた。
ブルース・リーに始まりジャッキー・チェンがコメディ化し、今やおよそあらゆるジャンルの映画に登場するカンフー、見ていると始めは格好いいし痛快なのだが、やがてウソっぽくバカバカしいアクションにしか感じられなくなったカンフーが、この映画にはまったく出て来ないのである。もちろんプロボクサー並みのパンチも洗練されたレスリングの技もない。
代わりに素人の喧嘩よろしく、素手やあり合わせの道具で攻撃させることで、この映画はアクション・シーンの在り方を再構築させたように見える。
こうしたアクションの新たな見せ方に加え、主人公の滑稽なまでの強さ、ライバルとなるロシア人マフィアのボスのデタラメで外連味たっぷりのキャラクター、ストーリーなどあってもなくても同じという潔さ、バトルからバトルへと次々に移っていくメリハリの良さが実に小気味よく、疾走感を味わえる。
4)皮肉とウイットに富んだBGM
最後の主人公 vs.ロシアン・マフィア一味の対決シーンでは、主人公の父親の老人や元の同僚がまたバカみたいに強く、さまざまな面白い殺し方を次々に繰り出して笑わせる。この虐殺シーンのBGMに友情の大切さを甘美なメロディーで歌った"You'll Never Walk Alone"が流れるのは、実に皮肉で洒落ている。
また、この前に主人公がマフィアの巨額な資金を焼き払うところでは、マフィアのボスが歌う”The Impossible Dream”が流れる。言うまでもなく「ラ・マンチャの男」の有名な挿入曲である。
「どれほど望みがなく/どれほど遠かろうと/正義のために戦う」と、気持ちよさそうに歌い上げる悪党のシーンの裏で、主人公が気持ちよさそうに札束の山に火を放つところは抱腹絶倒ものである。
このほか、映画の冒頭には「俺のことを勘違いしないようにしてくれ」というニーナ・シモン"Don't Let Me Be Misunderstood"、死体隠滅のため自宅に放火する場面ではサッチモの"What A Wondeful World"等々、皮肉とウイットに富んだ選曲がとにかく楽しい。
この音楽センスはロシア人監督ナイシュラーがミュージシャンでもあるからに違いないが、欧米のヒット曲にまじって流れるナターシャ・コロノワ"Serye Glaza(灰色の瞳)"やコンビナチヤ「会計士」といったロシアのヒット曲もメロディアスで素晴らしい。
5)まとめ
本作は何も考えずにアクションを楽しみ、笑っていればいいおバカ映画である。しかし、アクションシーンの在り方や笑わせ方にアタマを捻った、知的なおバカ映画とでも呼ぶべきだろう。続編が出たら、絶対観てやるからな~ww