「醜悪一族に抗え! ゲゲゲの絆」鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
醜悪一族に抗え! ゲゲゲの絆
昨秋はちょっとした“犬神家”ブームだったのか…?
偶然かもしれないが、昨秋公開された『ミステリと言う勿れ』と本作。『犬神家の一族』を彷彿させる設定や世界観。『犬神家の一族』が大好きな者としては嬉しさや食指そそる。
『ミステリと言う勿れ』も(TVドラマ未見でも)面白かったが、本作の方がよりディープ。
おどろおどろしい横溝風ミステリーと、水木妖怪ワールドがマッチした世界へ誘われる…。
水木しげるのライフワーク『ゲゲゲの鬼太郎』。
これまでに何度もTVアニメ化されてきているが、本作はその第6期がベース。
単に劇場版ではなく、スピンオフと言っていい。
描かれるのは、目玉のおやじの過去と、鬼太郎誕生。
以前にも前史的な『墓場鬼太郎』があったが、本作は本作のオリジナル。まだ身体があった頃の目玉のおやじが描かれるのは初めてだとか。
鬼太郎、また映画でやるのか…。当初はそんな程度。
興味はあったが、『鬼太郎』はちょいちょい見てるくらいで、特別大好きとか詳しい訳でもない。よって、劇場スルー。
そしたら、予想以上の評判とヒット。
ダークで大人向けの作風。加えて、先述の『犬神家の一族』風。
俄然興味が沸いた頃には公開終了でレンタル待ちだったが、先んじてNetflix配信。
こりゃもっと早めに見ておけば良かった。
昭和31年。戦前から日本の財政界を裏で牛耳っていた“龍賀家”の当主、時貞が死去。
その跡目は誰か…?
血液銀行に勤める水木は、龍賀家が運営する“龍賀製薬”の現社長で時貞の長女・乙米の婿である克典と昵懇でもあり、今後の強力なパイプ作りと出世の為とある密命を帯びて、龍賀家が君臨する哭倉村へ。
村に足を踏み入れた途端に感じる異様な雰囲気、異様な一族。
そんな中発表された遺言。跡目継ぎは克典ではなく、時貞の長男・時麿。
時麿は普段人前に出ないほど精神が触れており、実質実権を握る乙米共々、絶対なる血筋の前には誰も逆らえない。
一族の間で波紋が広がる中、やはりそれは起きた。
時麿の奇怪な死。
跡目争いで何者かに殺されたか、それとも…。
一族のおぞましい因習によって“何か”に呪われたか…?
昭和という時代、閉塞的な村、支配する一族、古くからの因習、跡目争い、凄惨な事件、血と呪い…。
美しいヒロインと、巻き込まれ主人公…。
もう本当にドストレートの横溝ワールドだ。
よれよれ袴の探偵が現れても不思議じゃない。
が、この村を訪れたのは水木ともう一人。奇妙な男。
よれよれの着物姿に下駄。
しょぼくれた雰囲気。生気の無い表情。片目を髪で覆っている。
浮世離れを感じさせつつ、もう片方の目はまるで人の心を見透かすかのよう。
村人に捕らえられ、時麿殺しの犯人にされかけるが、水木が制止。龍賀家の下で、水木が監視役に。
よそ者同士。立場も寝床も食事も共にする事になるが、奇妙なこの男は名前すら名乗らない。
水木はこの男を“ゲゲ郞”と呼ぶ事に。
まだ身体があった頃の目玉のおやじであった…。
ゲゲ郞が村を訪れた理由。“ゲゲゲの女房”…ならぬ妻を探しに。
幽霊族のゲゲ郞。幽霊族は人が生まれる遥か昔から存在していたが、人の出現によって生活圏を奪われ、妖怪ってだけで殺され…。
人を憎んでいたゲゲ郞だが、弱さ愚かさも含めて人の良さを教えてくれたのは、幽霊族でありながら人を愛していた妻だった。
が、その妻が行方不明に。幽霊族の仲間からの情報で、この哭倉村で気配を感じたのを最後に。
ある理由を持って村にやって来たゲゲ郞。実は水木も。
会社から帯びた密命。それは…
龍賀家が日本の財政界を裏で牛耳っている理由。ある秘薬開発。
“M”と呼ばれ、人に投薬すると不死のような効力を発揮し、日清日露でも使用されたという。
龍賀家の絶大なる権力、莫大な富の源。
それを探る…。
水木は戦争帰り。戦場での不条理な体験。国や上官の命令で命が軽んじられた惨状を目の当たりに。
帰還しても、この国は力を持った者が上にのし上がり、力無き者は地べたを這いつくばされる。
せっかく生きて還ってきたこの命。不条理さ変わらないこの国。
ならば、上にのし上がってやる。誰にも翻弄されないほどの力を手に入れてやる。その為なら、俺は…。
目的も性格も種族も全く違う二人が、各々の目的の為にバディを組む。
ミステリー要素と怪奇ワールドが面白い。
大妖怪も登場。村の湖に浮かぶ小さな島。そこから時折轟く地響きと唸り声。
人の怨念から生まれる妖怪、狂骨。
しかし本当に恐ろしいのは言うまでもない。人の暗部。
龍賀家の悪行は、昨今見た映画/ドラマ/アニメの中でもえげつないものであった…。
秘薬“M”の秘密。
幽霊族を捕らえ、その血から作る。
仲間を殺したのも、妻の行方不明もやはり…。
“M”の人体実験に村人を。その怨念が狂骨を生む。
一族と配下の村長らが陰陽道の悪技で操る。
彼らの支配下に置かれるのは一族のある人物も。
長女・乙米の娘、沙代。
こういう世界観にぴったりの大和撫子。東京に憧れ、水木に東京に連れて行って欲しいと懇願。
一見、若い男女のロマンス。が、水木は彼女の気持ちを…。
沙代は一族の血を受け継ぐ“子産み”として扱われている。その相手は水木など外部の男ではなく、一族の血と。口に出すだけでもおぞましい、実の祖父と…。沙代は時貞の“お気に入り”であった…。
また、時貞の三女の息子・時弥。この幼い子供も水木に懐き、東京に憧れるが、終盤に明かされる生を受けた理由…。
この世に生を受けた若い命と人生を、一族の私利私欲の為に弄ばれる。
人はここまで残酷になれるのか。傲慢になれるのか。醜悪になれるのか。
この悪しき一族に相応の死を。
悲しみ苦しみにより暴走した沙代の怨念から生まれた狂骨が一族を皆殺し。尚、祖父と同じ悪行をしようとした時麿や一連の事件の犯人も沙代であった…。
悲劇のヒロインは報われる事なく。沙代も反撃にあって…。
悲しみと絶叫の中に消える沙代…。
激しく後悔する水木…。
だが、事件はこれで終わりではなかった。
“M”の秘密や龍賀家のおぞましい真相は判明されたが、ゲゲ郞の妻は…?
湖に浮かぶ小さな島。神社があり、その地下深く。“窖”と呼ばれる聖域にいたのは…
全ての元凶。諸悪の根源。
ゾッとした。
あんな姿になってまで、地位や力を貪り続けたいのか。
その為に生を受け、利用された時弥…。
窖の溜め池に立つ桜のような巨木。血のように濃く紅い花を咲かす。
“血桜”と呼ばれる妖樹で、“M”はここから。囚われた幽霊族の生き血を吸っている。
花の色。血桜の中枢に囚われていた者こそ、ゲゲ郞の妻であった…。
恐ろしき血桜、現世に舞い戻ってきた時貞、彼が操る強大な狂骨。
圧倒的劣勢…。が、
ゲゲ郞は知る。妻は身籠っていた。
諦めない。ここにもいた。諦めの悪い男が。
何より力を欲していた水木。時貞が甘い言葉と誘惑で惑わそうとする。
抗う。その姿は、戦争を経験し、反骨精神に溢れた水木しげるそのものだ。
妖怪と欲にまみれた人間がさらに悪しき人間に立ち向かうというアンチテーゼ。
水木の正義への目覚め。
ゲゲ郞の妻とこれから生まれてくる我が子への愛。
そして、ゲゲ郞と水木のバディと絆に胸アツ。
陰湿なストーリーではあるが、最後は熱いものに心震える。
戦後の血を売っていた銀行や近親相姦はあながちフィクションではない。戦場で用いられた秘薬なんかも…。ゾッとさせるリアリティー。
残酷描写やアクションは想像以上の迫力、クオリティー。
痩せ型の長身ながら、ゲゲ郞強ェ~!
目玉のおやじはその昔、カッコ良かった。ビジュアルも陰のあるイケメン。
目玉のおやじと言ったら田の中勇や現在は野沢雅子だが、まだ身体があった若き頃は関俊彦のイケボ。しかし思慮深い言動があの鬼のボスを思わせる。他ボイスキャストにも石田彰や古川登志夫ら“上弦鬼”がいて、ちょっと意識してる?…なんてね。
下駄やちゃんちゃんこなど後の鬼太郎アイテムも。
そしてタイトルの“鬼太郎誕生”はEDにて。『墓場鬼太郎』第1話をベースにしているが、本作オリジナルストーリーも踏まえ展開は全く別。
辻褄合わないかもしれないし、もっと鬼太郎の誕生や活躍を見たかったという声もあるだろうし、子供受けやコンプライアンスNG描写もあるし、この陰湿な作風がそもそも受け付けない人だっている。
だけど個人的には、思っていた以上の面白さと見応えと満足!
本当に躊躇せず、早い内に見ておけば良かった…。
鬼太郎は妖怪でありながら、何故人間を助けるのか…?
人間以上の他者への優しさ。仲間への気持ち。亡き母や目玉だけになっても傍にいてくれる両親への愛。
そんな父と父が出会った一人の人間。
相容れない事はない。妖怪と人間の在るべき姿を体現してくれた。
これらが鬼太郎の源。
それらを知ってさらに、“ゲゲゲワールド”に足を踏み入れたくなってくる。