「派手さはないが一級の社会派スリラー。音声記録の分析プロセスも興味深い」ブラックボックス 音声分析捜査 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
派手さはないが一級の社会派スリラー。音声記録の分析プロセスも興味深い
出演陣も製作陣も、仏映画のファンや本国の観客を除けば知名度がさほど高いわけでもないので、やや地味目な座組みの印象を受けるかもしれない。だがふたを開けてみると、フライトレコーダーから墜落事故の真相を探る謎解きの知的興奮と、航空機業界の“現実”に鋭く迫る社会性を兼ね備えた一級品であることが明らかになる。
主人公はフランスの航空事故調査局で働く音声分析官マチュー。300人を乗せたドバイ発パリ便がアルプス山中に墜落し、当初の担当だった上司が謎の失踪を遂げたことで、マチューがフライトレコーダー(通称ブラックボックス)の分析を引き継ぐ。初期の段階では、記録されていたかすかな叫び声などからイスラム過激派によるテロが疑われるが、いくつかの情報から調査は新たな展開を見せ、マチューは航空機業界の闇に迫ることになる……。
まず、機長と管制の通話などを記録した音声データから、ノイズ除去などの処理を施して手がかりを探していくプロセスの描写が興味深い。“音”だけの変化では単調になりそうなところを、PCディスプレイ上の波形データや、マチュー役ピエール・ニネの繊細な表情の演技で飽きさせないように工夫している。彼の妻でやはり航空業界で働くノエミを演じるルー・ドゥ・ラージュの、計算高そうで謎をにおわせる雰囲気も、サスペンスの持続に大いに貢献している。
朝日新聞がちょうど今月、「強欲の代償 ボーイング危機を追う」と題した連載で「ボーイング737MAX」機の2018年、19年に連続して起きた墜落事故の原因が失速防止システムの不具合にあったことと、どうしてそんな危険な機種が開発され当局から認可も受けていたのかを詳しく追っている。朝日新聞がこの映画をひそかに応援しているの?と勘繰るくらいタイムリーな連載だが、いや待て、映画の脚本が737MAXの事故に着想を得た可能性もあるぞと思い直してプレス資料にあたったら、ヤン・ゴズラン監督が脚本の仕上げに入った2019年頃、各国で737MAXの運航停止・禁止が相次いだという。監督は「現実が僕たちに追いついてしまった」とコメントしている。
自動化システムに依存しすぎることのリスク、安全性より利益や株価上昇を優先する傾向、メーカーや外注企業と規制当局との不適切な関係など、これは決して航空機業界に限った問題ではない。乗り物つながりで言うと、車の自動運転技術が今後ますます普及すれば運転支援システムに起因する事故が増える可能性もあるだろうし(本作にも車の支援システムがハッキングされる場面がある)、AIの応用はさまざまな業界に及ぶはずだ。人はテクノロジーとどう付き合っていくのかというますます複雑化する問題に、警鐘を鳴らす意欲作でもある。