「あの日あの時あの場所で....」ベル・エポックでもう一度 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
あの日あの時あの場所で....
エドガー・ライトの『ラストナイト・イン・ソーホー』しかり、PTAの『リコリス・ピザ』しかり、最近70年代を描いた映画がやたら増えている気がする。嫌煙、LGBTQ、#me-too運動にロックダウン.....世の中禁止事項が多すぎて息苦しさを覚えている人が逆に増えているからではないだろうか。大麻草とフリーセックスにまみれた自由な70年代に青春を謳歌していた風刺画専門の元新聞イラストレーターのヴィクトル(ダニエル・オートイュ)が主人公の物語だ
ある日実業家の奥さんマリアンヌ(ファニー・アルダン)から三行半をつきつきられ家を追い出されてしまうやることなす事すべてアナログな夫ヴィクトル。夫婦仲を心配した息子は、自らが起業した“時間旅行社”という過去にタイムスリップしたような感覚を味わえる旅行企画会社に親父を招待し仲をとりもとうとするのだが....
いわば『トータル・リコール』アナログ・バージョンによって思い出すのが、火星地下に隠された大袈裟な酸素生成装置などではなく、妻マリアンヌと出会った頃のうきうきした気持ち、という設定がいかにもフランス流。スタジオ内に急造でこさえたパブ“ベル・エポック”でたむろする客や従業員、そして妻役もすべて(掛け持ちで)プロもしくはエキストラの役者が演じている。
企画の台本自体は客本人の思い出がベースになっているので、台詞の間違いやら小道具の取り違いを客であるご本人が指摘するというなんちゃって感も楽しめる。アドリブ好きの妻役マルゴ(ドリヤ・テリエ)は、ディレクターのアントワーヌ(ギヨーム・カネ)の恋人でもあるのだが、つい感情が入りすぎて..なんてシーンにはアントワーヌから嫉妬混じりの突っ込みがはいったりするのだ。
ネット配信や自動運転のナビになどにはまったくついていけないヴィクトルに嫌気がさしたマリアンヌも一方で、台本替わりにヴィクトルが描いた味のあるイラストを愛でているうちに出会った頃の恋心を次第に思い出していく。何勝手なこと言ってんだかという気もしないではないだが、端から見てもいい年の取り方をしていそうなベテラン俳優二人がそれを演じるとまったく嫌味に感じられないから不思議てある。
70年代は“政治の季節”を経た後だけに、世の中に対する幻滅から若者が麻薬に逃避し厭世にひたっていた時代でもあったはずなのだ。ほんとは小柄な日本代表を小バカにしていたドイツW杯代表チームのように「差別はだめですよ!」なんてたとえ空々しく叫ばなくとも、70年代の大衆レベルではちゃんと平等精神が根づいていたのである。目まぐるしく変化する現代ではつい忘れがちになるそんな簡単なことを、ほっこり思い出させてくれた1本だ。