プロミシング・ヤング・ウーマンのレビュー・感想・評価
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加害への責任を約束する
第93回アカデミー賞の脚本賞を受賞した本作品。
実はそれを知ったのは鑑賞後で、何となくみた作品。
けれど、おもしろかった。とりわけ男性の性加害への責任の問題を適切に明るみに出しているようだった。
主人公は、医大に進学しプロミシング・ヤング・ウーマン(前途有望な若い女性)であったキャシー。キャシーには、幼いころから仲良かった親友のニーナがいた。しかしニーナはある日のパーティーで泥酔させられ、同級生のアルにレイプされる。その事件がきっかけで、ニーナは自死し、キャシーは退学をする。精神的に不安定になるキャシー。彼女は、どこにでもあるカフェで何となく働き、30歳になっても親と一緒に住んでいる。そんな彼女は、夜な夜なクラブへ行く。そこで泥酔しているふりをして、男性にお持ち帰りをさせ、男性に鉄槌を下すのであった。
そんなことを繰り返していたある日、かつての同級生であったライアンと再会する。彼と親しくなり、心の傷は癒されるが、ニーナのレイプに加担した同級生の話も聞くことになる。そしてキャシーは、同級生らに復讐をしていくのであった…。
同級生がニーナのレイプに加担したことに対する言い訳が、テンプレート過ぎた。しかしそれが現実世界における性加害への正当化の常套手段でもある。
言い訳で使われるのが、「若かったから」「彼女も合意してたから」である。「若いから性加害をしてよい」はなんの合理性もないし、アルコールが入ってて合意がされることは客観的にいって無理がある。けれど、現在、医者として社会的に地位がある者が、過去の罪を償う時のありふれた言い訳なのである。この言い訳で正当化する男たちにキャシーは不正を感じ、鉄槌を下すのであるから痛快である。
しかも鉄槌は、女性であるかつての学長や同級生にも向けられる。女性であっても社会的に地位が高い者が性加害に見て見ぬふりをすること、傍観者であること、そして上述の言い訳を行使するのであれば鉄槌の対象なのである。
ライアンにも鉄槌が下ることも痛快。中盤、幸せな同棲生活のシーンがあり、ここで終わるのかと思った。しかしニーナのビデオが発見され、そこでライアンも傍観者として加担していることが発覚する。精微な脚本だと思った。
もう一つ印象的なのは、ニーナが一度も登場せず不在であること。
キャシーが所持している写真から外見は確認できるが、動く彼女は最後まで登場しない。キャシーの語りやニーナの母を登場させることで、ニーナを浮かび上がらせる手法もさすがだと思った。安易な過去のシーンを挿入していないのもいい。
ただ最後の結末はあれでよかったのかなとは思う。キャシーは死ぬことで、最後の復讐が果たされる。しかしプロミシング・ヤング・ウーマンは、この世からさり、男性たちは生き延びる。例え罪が適切に与えられたとしても、死の方が重い。未来がないからである。あまりにもキャシーに救いがないような気がする。
以上のように述べた私自身も、本作を透明な主体として高みからレビューできる地位には属せないし、属してはいけない。過去に、いや現在においても罪として断罪されない無数の加害をしてしまっていると思うからである。
本作で不在な主体に加害を引き受ける主体がある。弁護士はかろうじて過去の罪を背負い続けている。そのためキャシーに赦されるが、社会正義へは向かない。私は、加害への責任を引き受け、社会正義の実現を目指していきたい。ここでこのように述べることもなんだかエゴイスティックな気がするが、それでも言わなければいけない気がする。
キャシーを何とか言いくるめて持ち帰ろうとする男たちが滑稽で笑える
スカッとする女の復讐劇で気持ちかった。死んだと思わせてからの、結婚式ぶち壊しは怖いねー。自分を犠牲にしてでもアルをハメたキャシー(キャリー・マリガン)の執念が凄まじい。
ライアン良い奴だったと思ったのに、アルの仲間でビデオに映ってたのショック。せっかくキャシーと良い雰囲気になったのに...。優しそうな男ほど中身がクズなのはある意味リアルだね。
キャシーを何とか言いくるめて持ち帰ろうとする男たちが滑稽で笑える。ああいう男わんさか居るよね。酔ってたと思った女が実はシラフだったなんてちょー怖いだろうな。俺も機会があったらサイコ女に気をつけよっ笑
生き地獄と芯
基本的に洋画が得意ではなく、なんなら苦手意識まである私ですが、最後まで飽きずに疲れずに見られました。
ラランドのサーヤさんが最近見た映画として紹介していたのが視聴のきっかけ。
エンディングについて賛否両論に見えましたが、私はあそこで死ねただけ楽になれたのかもと思ってしまう。
始めから彼女の死と復讐(どこか更生を願いながらも)を人生の軸に置かずして生きられず、それ以外の息の仕方が分らなくなっていた主人公が、最後に彼女の為に犠牲になる。掘り返されるであろう事件への世間のバッシングを浴びずにいられるのなら、女の地獄を多少感じずにいられるのかもしれないと。
胸糞悪いまま終わるのかと思ったのもつかの間、万が一に備えて用意周到に詰めていた主人公の賢さと執念と芯の強さには拍手喝采。ライアンが助けに来ないところも含めて人間そんなもので、人はそんな簡単に変わらない。人間のリアルだと思うし、分かっていたからこそコーヒーに唾を吐けた。
彼女は生の苦しみの最中、動画で事実を知った、あの時の彼からの裏切りと自分の期待の崩壊、覚悟があるからこそエンディングなんだと思う。
私は何より、主人公の死よりも最後の最後に主犯格かつ1番最低なジョーが逃げ出して世に放たれたままなことに吐き気がする。いつか、彼の関わりも明らかになるでしょうが、きっとアルよりも重い罪にはならない。そう思うと罪と向き合うべき人が軽んじられ飄々と責任や後悔を持ち合わせず生きられると想像するといたたまれない思いです。
親友の傷を飲み込めないことに口出しせず見守れる両親の強さと、主人公への信頼と愛情を節々で感じるところが1番の救い。彼らが辛い目にあう未来が来ないでほしいと願うばかり。願うだけ。現実はきっと甘くない。
あと、個人的には、使われている英語が簡単で眠くならなかったのが素晴らしく高評価。
やりきれないの一言
ひとつの性暴力事件により、優秀で将来を約束された二人の女性の人生が狂わされます。
加害者は何もなかったようにのうのうと人生を謳歌し、被害者は精神を病み自殺や自暴自棄の生活を送る。
この理不尽さに怒りを感じますが、だからといってどうすることもできず、闇落ちしていく主人公を自分も傍観しているしかないことにモヤモヤします。
結論から言うと、やはり亡くなってしまったら、終わりじゃないか…という気がするのです。
これで、加害者アルが二人を殺したとみなされ、死刑にでもなってくれたらまだ溜飲が下がるというものですが、そんなはずもなく、彼らは今後も正当防衛を主張したり、自分たちの都合のいいように話を作る可能性は大いにあります。
それも何も、見届けることができないカサンドラ。
彼女はこれで満足だったのか…いや本当は苦しみのあまり死にたかったのではないか、そんなことを考えました。
アルを医師から殺人者に転落させたのですから、たしかに復讐はある程度達成できたのかもしれません。しかし本当に自分の命をかけてまでやらなくてはいけなかったのでしょうか。
実際、彼女の心はもう壊れてしまっていたのかもしれません。
泥酔のふりをして体目当てに近づいてくる男性に鉄槌を下す。復讐とはいえ、どんな人間が声をかけてくるか分からない、とても危険な行為です。
初めはその行動に不自然さを感じましたが、最後まで見ると、カサンドラは始めから自分を大切にする気はなく、捨て身の行動だったのだと分かり、切なさが倍増しました。
彼女ははじめから、死んでもいいと思って復讐を続けていたのです。
もしかすると、アルの手錠が外れるような細工をして、殺害を誘ったのかもしれません。
ものすごく頭のいい彼女が、こんなミスをするとは思えないからです。
ライアンの存在が彼女に希望と絶望の両方を与えたのも興味深い展開でした。
ライアンに対しては、はじめアルたちの情報を得るために親しくなったかのように見えました。
しかし、実際に惹かれるようになってしまい、親友の事件現場に彼がいたことを知って大きなショックを受ける。
復讐と恋愛の間で揺れていた部分が大きく崩れ、一気に破滅へ向かっていったのでしょう。
親友を自殺に追いやったアルには、社会的な死をもって償わせるのが、カサンドラにとっては精一杯だったのかもしれません。
過去を捨て元気になりたいと彼女自身が望んでいたのなら、カウンセリングに通うなり、両親に相談するなり、とっくに何かの手を打っていたでしょう。
あえて復讐するという苦しい道を選び、破滅へと向かったカサンドラの選択が、避けがたいものであったとはいえ、それでも命をかけてまでひとりで戦わなくてはいけなかったのだろうかと考えると、本当にやるせない気持ちになりました。
何が最良の選択だったのか分からないし、誰も幸せにはならない、そんな鑑賞後感の重苦しい話でした。
2021年の映画であっても、ここに出てくる男性たちの言動が類型的すぎて、本当に現代の話かと驚いたりもしました。
性暴力の話は、気が重くなりますね。
スッキリはしませんでしたが、エメラルド・フェネルはこれが長編デビュー作ということで、すばらしい才能だと思いました。
この後『バービー』『Saltburn』と注目作を送り出しているので、今後も注目したいと思います。
変な映画が好きな方にはソルトバーンをおすすめします(•ө•)♡アレハイイ…
2時間越しのノリツッコミ
キャリーマリガンのファンなので、体目当てのしょうもない男をシバいて、ハンバーガーを食べながら朝焼けの中を歩く姿を見たとき、これは当たりだと確信しましたが。
色々と紆余曲折を経て最後、あの終わり方は大丈夫なのか?
『おー、もっと追い込んだれ……。いや、君が死ぬんかい』とツッコミを入れずにはいられませんでした。
目的を果たすために、自分の命をみすみす差し出してどうすんの?
ラストのトーンも変に明るく、いや彼女死んだよ? と追いツッコミを何度も入れました。
この手の結末をサクセスストーリーのように描くのは危険で、実際、発せられるメッセージは恐ろしく有害です。
これがアカデミー賞で脚本賞を獲ったというのが、未だに信じられません。反戦とか非暴力、差別反対みたいな辺りが、賞レースに出るための必須要件だったと思うのですが。
これではまるで、広義の自殺を推奨しているみたいです。
プロミシング・ヤング・ウーマン
【ピロシの映画レビュー②⓪】
邦題 プロミシング・ヤング・ウーマン
原題 Promising Young Woman
⚫︎監督
エメラルド・フェネル(初監督作品)
⚫︎脚本
エメラルド・フェネル
⚫︎出演者
キャリー・マリガン
ボー・バーナム
アリソン・ブリー
⚫︎公開
2020年
⚫︎上映時間
113分
⚫︎製作国
🇺🇸アメリカ合衆国
⚫︎ジャンル
ある意味スリラー
ある意味コメディ
ある意味ヒューマンドラマ
レビュー記念すべき⁉️20回目キタ━(゚∀゚)━!笑
題材が題材なだけに面白いというのが適切か分かりませんが、エンタメとしては控えめに言っても『傑作』です!脚本は勿論のこと、音楽も映像も良い。
『激しい怒りより
静かな怒りの方が恐ろしい』
⚠️⚠️⚠️ネタバレ注意⚠️⚠️⚠️
元医大生で、現在はカフェの店員をしている女性が主人公。
夜はナイトクラブでキャラ変を敢行!男の前で泥酔、したふりをし・ ・ ・。
「ゴーン・ガール」がパートナーに対しての復讐劇なら、本作はあえて大袈裟に表現すれば男尊女卑的社会&それに追従する人達へのリベンジムービーと言えるでしょうか。どんな大問題でも他人のことには想像力が働かないのに、自分のことになるところっと態度を変える人間は現実にも多いですが、そんなところにもグサリと食い込んでます。かと言って方向性がそれほど重くも、暗~~くもならないのが面白いトコロ!
時折り、『女、舐めんなよ』的なシーンが出てきますが、反撃された時の男たちのこれまた滑稽なこと!!。男性必見です笑
明るく楽しく激しく、そして悲しき復讐物語。
パートナーとお友達と
是非ご覧ください❤️❤️❤️
おすぎでした!
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Anger Is An Energy。 男は狼なのよ気をつけなさい、つつしむくらいなら殺っちゃいなさい。
親友の恨みを晴らそうと暗躍する女性キャシーの復讐を描いたブラック・コメディ&サイコ・スリラー。
監督/脚本/製作は『リリーのすべて』(出演)、『PAN ネバーランド、夢のはじまり』(出演)の、女優としても活躍する名匠エメラルド・フェネル。
主人公キャシー・トーマスを演じるのは『ドライヴ』『華麗なるギャツビー』のキャリー・マリガン。なおマリガンは本作の製作総指揮も務めている。
製作に名を連ねるのは『アバウト・タイム 愛おしい時間について』「DCEU」シリーズで知られる女優、マーゴット・ロビー。
👑受賞歴👑
第93回 アカデミー賞…脚本賞!
第74回 英国アカデミー賞…英国作品賞/オリジナル脚本賞!✨
第46回 ロサンゼルス映画批評家協会賞…脚本賞!
第36回 インディペンデント・スピリット賞…脚本賞!
第26回 放送映画批評家協会賞…主演女優賞/オリジナル脚本賞!✨
とにかく怒気に満ち溢れた映画である。
親友をレイプした当事者とそれに無関心な部外者、さらには隠匿しようとする権力者と、とにかく全方位に対してキャシーはブチ切れている。
その怒りはレイプ事件の周囲にいた者だけでなく、”男”という立場を利用して女を食い物にする者全てに向けられているし、もっと言うのならこの世界を支配している男性優位なシステムそのものに彼女は挑戦しているとも言える。
怒りを原動力にして突き進むキャシー。その姿は狂気的だが、虐げ軽んじられる女性の立場に対し怒らずにはいられない彼女の思考や感性は至極まともである。
怒る彼女を「正気では無い」と一蹴する世界こそが正気では無いのだ。
「Anger Is An Energy」とはパンク・ロック界の巨人、ジョン・ライドンの言葉である。この映画は虐げられる女性の怒りを一身に背負い爆進するパンク・ロック・ムービーであり、反骨精神を失っていない全てのパンクスに、是非鑑賞していただきたい一本である。
物語が物語なだけに、時としてかなりの胸糞悪さを味わわされる作品ではあるのだが、基本的にはかなりポップな作風。
ともすれば死ぬほどシリアスになりそうな題材でありながら、キャシーと男たちのやり取りには多分にユーモアが仕込まれている。主人公が返り討ちに合うという悲劇的な場面にすらコメディの要素が含まれており、いついかなる場合においてもエンターテイメント性を失わないというのが本作の大きな強みとなっている。
露骨な暴力描写や性描写もないため、そういったものが苦手な人でも楽しむ事ができるはず。
辛い物語ではあるが、誰でも楽しめる(この映画に登場するようなクソ男以外)娯楽映画である。
本作に登場する富と地位を手に入れたクソインテリども。男の自分でもこんなクソったれどもは駆逐されるべき汚物であると思う。
それだけに、意外とお仕置きシーンが少ない事にガッカリ😞ハーレイ・クインのようなナースコスチュームに身を包んだキャシーが、クソ男どもバッタバッタと薙ぎ倒していく。そんな映画だと思っていたのに〜〜。
女囚ものや女忍者ものなど、セクシーな女性による復讐劇というのは色物扱いされやすいジャンルである。そういったジャンル映画とは一線を画すものとして本作は制作されているし、実際そういう映画に仕上がっているのだが、もっと露悪的かつバイオレンス、そしてガラクタっぽい映画が観たかったな。ハーシュさが足りんっすわ。
昨今その数を増やし続けている女性映画。その中でも本作は突出している…とは思わないが、一見の価値がある映画であることは間違いない。
「男は狼なのよ気をつけなさい。年頃になったなら慎みなさい」なんて歌があるけれど、つつしんでいる暇があったら狼どもに地獄を見せてやれっ!!💥💥
タッチが新鮮で飽きない
ストーリーとしてはよくある感じだが、元恋人が助けに来ないで死んじゃうとこは予想を裏切られた。
レイプ復讐モノとしていい出来上がりだと思う。
主人公の女性、鼻と口もとが綺麗。
観客の胸をえぐる復讐もの
一見主人公に対して、いや友人の問題に対してお前が執着を持ちすぎだろーとか昔のことに対してやりすぎだろー、なんて思ってしまうものの、それこそまさに加害者側(ないしinnocent bystander)の言い分でしかないわけで。
そこに対して向けられる主人公の憎悪はそのまま観客に向けられている。
サスペンスとしても展開が上手くできていて楽しめる。
なんせ主人公が自分の死を前提に相手を倒すのなんて、まさにレオン的展開。もしくはダンブルドア的展開。
救えなかった自分への終わらない怒り
バカな男どもや、同じ穴の狢の女どもを許せない以上に、ただ一人の人だったニーナを救えなかった自分自身を許せなかったキャシーの自分への復讐劇。
他の奴らなんて多分どうでも良くて、酔ったふりして男を騙して罵詈雑言を浴びたり、言い負かしたりするのも、親に迷惑かけてみたり、唯一の友達にダル絡みしたりするのも、自分を許せないキャシーの自罰的な行動で、それを解すライアンの存在に油断した自分が許せなくて、また一段階段を登っていく気合いのキャシー
ライアンと付き合い出した時点で、もう何か起こるし、嫌な事しかないでしょ…このあと…で、ずっと共感性羞恥の発動で落ち着かなかったです。個人的には話の筋はずっと見えていたので、親子の関係性のあたりに、もうちょっとなにか新鮮なものが欲しかった気がします
憧れの、自分では救えなかったニーナになってしまうことでしか、自分を救えなかったキャシー自身が、その認知の歪みに気づけぬまま死んでいったことが、何だか寂しいなって思います。
誰も、キャシーを救えなかったんだもなぁ…
ニーナの復讐が終わったから、これで終わりだと思う??
私は思いません。そうじゃない描き方もみたかった。
鬱展開に要注意
水戸黄門的な爽快感はあるが、主人公の喪失感や認知の歪みといった根本的な問題は解決に向かわず、鑑賞後は歯痒さが残る。
キャリー•マリガンの七変化が楽しく最後まで飽きずに楽しめるが、最終的に誰も救われないストーリーなので、人に勧められる映画ではない。
いかなる場合にも加害者であるという自覚
男子は男子であることで、すでにいかなる場合にも加害者であるのだ。女子であっでも学長のような、日本においては自民党の杉田某のようなやつらはいかなる場合にも男子と同じ目線で加害者でしかない。この映画なら学長や、マディソン。
最初はこれは面白い、痛快なスプラッターかもと思うかもしれない、でも最後まで見てそう思うなら、これはやりすぎだろとか、なんでここまでやるのかわからないと思うならそれまで。ライアンが最後に自分も加害者に加担して加害者であったことをキャシーに指摘され自分のプロミシングブライトフューチャーが危険にされされて、キャシーにクソ女といってしまう。アウト。だからそんなふうにこの映画を見て見終わってもわからないやつはアウトだ。金儲けとか仕事地位を維持するために示談にしていた弁護士が過ちに気づきメンタルになり罪悪感に支配されているらこの人だけセーフだった。わずかにかすかにキャシーもプロミシングフューチャーに行けそうかとおもうながら真実は現実を引き戻しライアンも決定的アウト。クソ女と言うな。
日本でなら[日本人]であること、男性であること、それだけで存在そのものが加害者になりうるから、そのことに自覚的であるべきでそのように教育されるべき。残念ながら国を開けで反対方向に向かい続けていますが。
簡単なことだ。自分の子だったら?自分の家族だったら?恋人だったら?自分自身に起こったたら?と考えるだけなので
[サルでもできる](実際には猿にできないかもですが)ことだけど子どものいじめから、セクハラパワハラ、DV、レイプ、性差別、人種差別、国籍差別ありとあらゆることに小さな子どもからジジイのやることなすこと、全て、他人に起こった他人事、やられたやつが悪い、自分や自分の大事な人に起きたことなら?と言うおきかえも創造力もない。
画面はポップなカラーでアメリカらしく、見ていて麗しい映画だが中身は反吐が出そうな現実。他人事としてみるな。私も見て見ぬ振りをしてないから、してしまう時もある。自分もアウト。ピリオド。
She Saidとセットで見ると良い。これは正しく教育映画。
余韻がすごい
・冒頭から、ダークヒーロー的な話なのかと思ったら主人公にそういった能力はなく、単純に声をかけてきた男を脅迫?説教?復讐?(もっと適した言葉が見つからない)をしている日々の女性というのが、冒頭から興味深くてかなり引き込まれた。
・説教?した男たちが仲間みたいになってたのが謎だった。冒頭のジェリーが旧友の女をホテルに連れてったらしいのと、弁護士の家にいった時も男が車で待ってたり、お金だけで何かそういうことしてくれるもんなのかと思った。それに、弁護士の方はどうしようとしてたんだろう。
・ベッドの下に隠してたメモ帳にとんでもない数の記録があったけど、色が青と赤とあって、違いは何なのかなとかと思ってたら特に触れられなかった。軽めが青で、重めが赤だったのか。
・わざわざ泥酔を装ってまで何でこんなことしてるんだろうっていう謎を追う形で話が進んでいくのがとても見ごたえがあって面白かった。内容的にはとても面白いとは言えないけれど。これがよくある事なんだなぁと思うと悲しくなった。
・チャプターを区切るようにⅰ、Ⅱ、Ⅲ…と表記されるのがわかりやすくて良かった。
・途中までよくある復讐劇の既視感があったりなかったりの中、どうなるんだろうと思っていたらラストで殺されてびっくりした。確かに、生きてて復讐完了してるよりも、何倍も恐ろしいかもしれないと思った。
・主人公は復讐したいのではなく、忘れないでほしい、考えてほしい、という願いというか思いというかそういった事を確認していって誰もかれも忘れてて悲しくなった。とはいえ、自分もそういった現場に関係していたら、果たして勇気をもってできただろうかと考えさせられるし多分、怖くてダメだっただろうと思った。学生の時の傍観者でいたあの感じが蘇ってきて、ライアンのように謝ってしまっただろうと思う。そして過去のことなんだからとかつい言ってしまったかもしれないと思った。辛くなった。
・ラストの復讐後に死体をなくそうという流れになって、医者のわりに死体にびくびくしてるなぁと思ったのと、ジョーがやたらと優しくて何かあんのかなと勘ぐってしまった。
・アマプラだけなのか、字幕が一部変だった。崇めるっていう所が崇あがめるみたいになってた。
価値観の変わるであろう数年後には、共感が減るのかな?
すごく面白かった、というか衝撃を受けた
詳しくは描かれないが、七年前?の出来事で、なんらかの心の病気とされた過去があり、そしてその治療では、自分が感じた不条理を解決できなかったのだろう。男を襲う行為は決して世直しのためではないのであろう。
ゆっくりと関係を深めようとする彼氏との出会いと、親友の親からの提言が、目線を少し違う方向に向かわせるきっかけとなる。しかし、過去に対する彼氏の言い訳に対して原点に戻される。この時、もう少し彼女に寄り添った真摯な言葉が有れば、とも思うが、現場にいながらも記憶にない時点で、価値観の違いはいかんともしがたいものだったのだろう。
願わくば幸せになって欲しかった。彼女の親はただ可哀想。
男として、自分は決してそういうタイプではないとか、自分は理解のある方とか思ったとしても、しっかり逃げ道が塞がれていて、正直居心地の悪い思いがした。
いわゆる男の「おちんちん感」がテーマなので、急激に変わる世の中に、数年後には古いテーマとなる可能性があるが、そうあって欲しいのだろう。昔の007はもうまともに観れなくなるのかな…
若いがゆえに早く単純な決着を求めがち
レンタル110
いつもの店でジャケ借り と思いきや
観たいリストに既にタイトルがあった
誰かのレビューをみて書き留めたのかもしれない
テーマは深く重層的だ
単純な復讐劇ではない
主人公の行動に100%賛同できるものではない
溜飲は下がらない
主人公のターゲットは単純な悪人ではない
恋人も単純な善人ではない
アメリカの映画とは思えない
この監督には知性とユーモアを感じる
ファーゴに通ずるような…
やっぱり女性の方が才能があるわ
ラストは火サスレベルかなと
若気の至り…それで人を傷つけたり
場合によっては取り返しのつかないことになったりする
その度合いに見合う償いをするしかない
若いがゆえに早く単純な決着を求めがちだが
一旦棚上げして折り合いがつくのを待つ
与えられた人生を引き受けてズルズルしぶとく生きていく
というのが50半ばに差し掛かったオラの知恵だ
ローマ数字でⅠとかⅡとか出てくるのは
ちょっとタラ臭がして好きだ
納得の面白さ!ただ、つらくて再鑑賞は…
劇中にいくつも出てくる、男性→女性に向けた下劣な発言シーンたちが『何気ない日常の一コマ』として描写されている点にグッときました。
「映画はフィクションだけれど、これらは現実で日常的に行われているよ」ということ。
また、行う側にとってはただの冗談や軽口であり、それを受けた相手(今回は主に女性)に反撃されるとビビッて逆ギレするという浅さもリアルで良かったです。
サクサク進むストーリーと利発な主人公がリベンジしていく様は、誰が見ても楽しめる内容かと思います。
様々な人に観てもらいたい内容ですし、人によって感じるものや印象的なシーンが変化するのではとも思いました。
が、結末も含めて大なり小なり辛いシーンが連続するので(直接的な描写では無い)
個人的には再鑑賞はしないかな…と感じています。。。
明るい未来が約束された若い女性
話題になってたので楽しみにしていた映画。
華麗な映画かと思ったが、中々えぐかった。
主人公は復讐に生きる女性で、前半と後半は話のテイストが変わる。
後半は割と目が離せなかった。
終わり方も映画としては良かったと思う。
後味の悪さを残さず、重くならずにスカッと終わる感じ。
キャリーマリガンが可愛かった。華麗なるギャッツビーの時に天使かと思ったのに、あまり私が見る映画に出てこないから忘れていたがやっぱり可愛かった。
最高のバッドエンドだ。
最高のバッドエンドだ。この映画は傑作だと思う。二度目の鑑賞。よく計算されたら脚本だし、やっばり、女性の監督じゃないと、こういう映画は作れない。
最初のデートで薬局に行くが、多分、スキンを買いに行ったのだと僕は解釈している。
僕は男性なので、誤解しているかもしれないが、女性からすれば、スキンを付けた行為は、単に快楽を求めた行為であり、そこに愛が無い場合もある。しかし、スキンが無ければ、生殖行為になり、加えて、そこに愛がないと、女性にとっては、性的被害者になる。勿論、平等な両性の同意(合意)があっての事だが。僕は薬局に行った場面を、そのように解釈した。(男性諸君は『それではスキンがあれば良いのか?』って誤解しないで貰いたい)
最後、ハイヒールを脱いで歩くが、女性にとって、現代に残る梗塞具をあらわしているのと思う。それを脱ぐと言う行為は、女性解放の象徴だと感じた。
余談だが、男性である僕も、ハイヒールの靴音が嫌い。うるさい。〔まぁ、男のネクタイなんかもいらない。〕
彼女は一回しか泣いていない。馬鹿な男を愛しかけて、しかも、信じてしまった、自分に嫌気がさして泣いたのでは無く、快楽に我を一瞬でも忘れ、同時に、恋人の怨念を、忘れかけた自分に嫌気がさして泣いたのだと思う。恋人が集団暴行を受けたのだかから、完膚なきまでの復習しかないと思う。彼女は彼女を愛したのだ。間違いない。彼女は一人も男なんか好きになっていない。ましてや、ここに出てくる馬鹿男など。
「怒り」を感じることができる秀作。
あらすじは割愛、最初の感想としては「素晴らしい」に尽きる。
何も考えずにタイトルだけで映画を主張した。つまらなかったらすぐにウィンドウを閉じてしまう私が、この時ばかりは画面にかじりつくように映画を観続けた。話の展開もわからない、前知識もない状態で本作を観れたのがよかったのだと思う。
本作のテーマだが、在り来たりといえば在り来たりなテーマなのかもしれない。かつての親友・ニーナが複数人にレイプされた話。詰まる所は復讐劇だ。
大事な友人を助けることのできなかった自分を憎み、許すことができず、まるで自分を罰するように日々を生きる主人公・キャシー。彼女は毎日の中で身を削るようにしてニーナの受けた悲しみを晴らしていく。それは泥酔したふりをして、男たちの「欲望」を露わにするというとても危険な行為だった。
私は、本作に書かれていないだけで、キャシーは「復讐」のさなかで逆上した男性に傷つけられたことがあると思う。みんながみんな、本作の中にいた男性たちのように、きみわるがって帰してくれるとは到底思えない。男はよくも悪くも「男」で、女もよくも悪くも「女」だ。それはもう、最後のシーンにおいても力でキャシーが勝てなかったように、女性が非力であることはもうどうしようもない事実であるのだと思う。
彼女が過去に傷つけられていたとしても(もちろん本作にその描写はないので勝手な私の想像しかないのだが)歩みを止めなかったことに、私は彼女の「怒り」を感じた。
彼女がしていた「復讐」は、泥酔した女を連れて帰りあわよくば性行為をしようと企む男たちへの痛快な批判でしかない。一度でも彼女が男性たちに暴力を振るったことはあったろうか。警察に通報したことはあったろうか。おそらく、アメリカの法律にあかるくはないので憶測でしかないのだが、強姦未遂で男たちを通報することは彼女もできたはずだ。それなのに彼女はそれをしなかった。ただ、痛烈に批判しただけだった。それだけの行為に、私は彼女の重たい「怒り」を感じたのだ。
この「怒り」は現在社会のおいても多くの女性たちが抱いている「怒り」と似通ったものを感じる。
強姦された女性たちが泣き寝入りすることも、精神的・物理的に暴力を振るわれた女性が何もいえずに耐え忍ぶことも、女性であるがゆえに当てはめられる多くの偏見も……。
声をあげていいはずの「怒り」を飲み込んで、何もいえずに生きる女性がどんなに多いことか。同性であったとしても、私ですら知らないことの方が多いと思う。
この作品の良いところはそんなキャシーの「怒り」をとても緻密に描いているところにある。
まずは、最初のシーンからラスト付近まで続く彼女の復讐劇。そして、コーヒーショップで働く彼女の言った「なんでもできるけれどこれをしている」という言葉(詳細は不明なためあくまでもニュアンスで許して欲しい)。ライアンに対する言葉、マディソンへの報復、学長への行動。知的で、それでいて人の道からは外れることができなかった彼女の人間らしさ。理解のない両親(と断言するのも違う気がするが、母親の態度はどうかと思ったし、父親も何か変だなと私は思った)のもとに居続けて友人も、恋人も作ろうしなかった自分への「怒り」が綺麗に残酷に描写されている。幸せになる道を、彼女はあえて選ばなかった。幸せになれる方法なんて、いくらでもあったのに、だ。
ライアンがいい人だったら、きっとハッピーエンドで終わって居たんだろう。キャシーの怒りをすくい上げることがもしもできたら…。と視聴してて、本当に心が痛んだ。
賛否両論あるだろうが、私はラストがとても好きだ。
死ぬことがなければ、という意見はあるだろうし、そこについては否定もしない。前述したように、この物語が幸せになる道はいくらでもあったのだから。
けれど、あえてその道を選ばずにキャシーは復讐を決行した。殺されることを、半ば予想して先回りし続けた彼女はなんとクレバーなことか。
プロミシング・ヤング・ウーマン。将来有望な女性。まさしくだ、と泣けてきてしまった。
罪の意識がない人間に、罪を認めさせることは不可能だ。
自分が間違ったことをしたと思わない人間を裁くことはできない。ニーナが自殺したときに、きっとキャシーはそれを悟ったのだ。
だからこそ、最後まで自分の罪を認めなかったアルたちに「自分を殺させた」のだろう。これで、どんなに彼らが弁明しようと、彼女を殺した事実は変わらない。「これで終わりではない」のだと、かつて罪を認めなかったものたちにキャシーは宣戦布告をしたのだ。
鮮やかで、痛切な彼女の復讐劇は「ニーナ&キャシー」、これにて終幕と至った。
自分を許すことができずにもがき苦しんだキャシーが、ニーナのネックレスをつけて復讐をしたことで、彼女はやっと許すことができたのかもしれない。ニーナを救えなかった時点でキャシーはもう、この結末をわかっていたのかもしれない。
なんにせよ、私は彼女「たち」の「怒り」を体験できて光栄だったと思う。
本作はぜひ、いろんな世代の人々の見てもらいたい作品だった。
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