「濱口カラーに彩られた“組写真”コメディ」偶然と想像 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
濱口カラーに彩られた“組写真”コメディ
『偶然と想像』(英題:Wheel of Fortune and Fantasy)。
国際的評価のあとからでないと評価がついてこない日本映画界の優柔不断さはいつものことながら、それは置いておいても、ある意味でこれからのエリート街道まっしぐらの濱口竜介監督である。
カンヌ国際の脚本賞や国際映画批評家連盟賞などを受賞した『ドライブ・マイ・カー』は、個人的には3時間の長尺にビビりつつも、観終わって納得。年明けのゴールデングローブ賞やアカデミー賞のノミネートもウワサされている。
そして『偶然と想像』も濱口監督作品であり、ベルリン国際映画祭で“銀熊賞”(審査員グランプリ)を受賞した。年に2作品も国際映画祭の主要賞というのが快挙である。
本作は、まるで映画の“組写真”とでも呼ぶべき短編(40分×3本)で構成されたオムニバス形式。長尺の『ドライブ・マイ・カー』とは正反対だ。
短編オムニバスは毎年いくつか企画されているが、ほとんどが玉石混交の企画倒れのことが多い。それは複数の有名監督を並べただけが多く、プロデューサーの“独り善がりのお題”に、監督たちの消化(時間と予算とやる気)が追いつかないだけのこと。
対して本作『偶然と想像』は濱口監督ひとりが自らのコンセプトで独自カラーを出しきった、まとまりのある“組写真”としての完成度を見せてくれる。脚本の評価が高い濱口監督の面目躍如といえる、じつに独自色のあるエンタメ作品に仕上がっている。
構成される3作は、女友達が“いま気になっている”と話題にした男性が、2年前に自分の浮気が理由で別れた元カレであることに気づく『魔法(よりもっと不確か)』。
『扉は開けたままで』は、50代にして芥川賞を受賞した大学教授に落第させられた男子学生が逆恨みから、セックスフレンドの女子学生を研究室を訪ねさせ陥れようとするが、教授の思いもよらぬ対応と、さらに観客も想定外の結末を生み出す。
オムニバスの最後は『もう一度』。同窓会をきっかけに、帰省した仙台で20年ぶりに再会した2人の女性が、高校時代の思い出話に花を咲かせるも、じつは名前も知らない他人同士で、意外な出会いが生まれる。
これらは人間性を突き詰めたマジメなコメディである。いずれも偶然性が生み出す再生・再会をテーマにしており、ひとつひとつ腑に落ちるシンプルさに笑える。最後に登場人物は前向きに人生をすすんでいく。
濱口作品に出演した俳優たちのインタビューなどで、その独特な演出方法のいくつかが漏れ伝わってくる。
素の演技を引き出すために、リハーサルであえて俳優の解釈を排除した棒読みのセリフを執拗に繰り返して積み上げていったり、映画本編では使わない直前のシーンカットを用意して、撮影前に演技させたりなど、俳優の実力を出し切るための様々な演出方法の工夫は興味深い。
結果として、監督が脚本で計画したとおりの登場人物がスクリーンに現れる。作品は俳優本来のリラックスした演技を楽しめる。『偶然と想像』ではセリフが長く、言葉が相当数あるにもかかわらず、長回しで多くのシーンを撮りきっている。見応えと没入感に納得感が伴う。
ベルリン銀熊賞にも関わらず、東京での上映は「Bunkamuraル・シネマ」のみ。東急のル・シネマ”が日本映画を上映するのは、同館が1989年に開業して初めて(33年!)というから驚きだ。
上映がル・シネマのみというのは、その作品性だけが理由ではない。実は、コロナ禍がもたらした映画館経営の危機回避のために始まったミニシアターのオンライン同時上映のトライアル作品であり、有限責任事業組合Inclineが提唱する『Reel』で公開される作品だからだ。
ところが「ネット配信と劇場の同時公開作品は、全国チェーン劇場から排除される」という業界の面倒なルールがある。
これによって昨年ディズニー作品がハシゴをはずされ、それ以降の同社作品は大ヒットから遠ざかっている。つまり“ミニシアター文化を守るため”という大義があっても、ベルリン銀熊賞の受賞であっても、本作の拡大上映はままならない可能性が高い。
限られたミニシアターが「満員御礼」になるという意味で目的は果たされるのかもしれないが、全国で拡大ヒットするかもしれない可能性は摘まれてしまう。ここに本意ではない、もどかしい現実がある。
(2021/12/17/Bunkamura ル・シネマ/Screen1/H-05/ビスタ)