「無力な現実を描いたロードムービー」AGANAI 地下鉄サリン事件と私 Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
無力な現実を描いたロードムービー
ノンフィクションだが、“ロードムービー”である。
東京のアレフ道場、監督と荒木氏の故郷、京都大学、そして霞ヶ関駅。
いろいろな土地を巡って、その地でしか語ることのできないテーマが、監督の投げかけに対する荒木氏の回答の形式で話されていく。
荒木氏の過去の人生、出家とは何か、そして思想談義までいろいろ出てくるが、特に興味を惹いたのは、荒木氏の“入信”の下りである。
予想通りというか、そこにあるのは理性的・第三者的判断ではなく、荒木氏本人だけが持ちうるある種の合理性である。「これしかない」、「これでうまくいく」ということ。
荒木氏も、サリン事件の後であれば「たぶん入信していない」と言うし、もし麻原彰晃自身が一度でも殺害指示を裁判で証言していたなら、アレフ信者を止めたのかもしれない。
そこに深い“闇”がある。
“被害者”である監督は、「自分は関係ない。これが自分の人生だ」という荒木氏の“本音”を許さない。
しかし、アレフの教義に殺人が書かれているならともかく、監督に荒木氏の信心を責める権利はない。
荒木氏の“複合的視点”の欠如や、病気の時に家族を頼った“出家”の不徹底を批判する資格もない。
本作品が優れているのは、それらの点もすべて織り込み済みで描いているところである。
荒木氏を責めることだけが目的なのではなく、被害者ですら荒木氏のような存在には無力であるという現実を描く。
被害者として直接映像に参画するだけでなく、被害者という立場を離れて俯瞰的に捉えており、複合的な視点から作られている。
傑作ドキュメンタリーである。
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